(文化通信BB 2015年11月30日付掲載) 誠光社・堀部篤史 さん 雑誌の本屋特集などで必ずといってよいほど取り上げられる恵文社一乗寺店(京都市左京区)の店長として全国的に知られてきた堀部篤史さんが独立し、11 月 25 日に “ 街の本屋 ” 誠光社を開業した。ホームページで「システムに無理があるならば、改善し、あらたなルールを提案すればいい。本屋の話はもうやめにして、本屋をはじめてみよう」と宣言する堀部さんは、情報がネットにあふれる時代にあって、あえて小規模で選び抜かれた本を中心とする空間を作り、出版社との直接取引によって粗利益の確保を目指す。そして、本屋を始めたいと思っている人々に向けて、そのノウハウを公開していくという。そんな堀部さんに話しを聞いた。 立地は大通りから一歩入った静かな街 ――お店は住宅街なのですね。 店舗の場所は京阪電鉄の神宮丸太町駅、京都御所のすぐ近くにあります。表通りの河原町通から路地を入ったところです。このあたりは最近、河原町丸太町エリアと呼ばれ、個人経営のお店が増えています。うちの隣にはやはり個人で数年前に開業されたカフェがあります。 三条通や四条通は地代も高く、近頃は大手資本のカラオケボックスやドラッグストアなどが進出してきて、小規模な個人店は離れています。その点、このあたりは三条京阪から歩いてアクセスできる距離にありながら、京都らしい落ち着いた街の雰囲気が残っています。 ――なぜ繁華街にしなかったのですか。 1人でやるので、いろいろな人が大勢来るようなお店ではなく、商品構成を自分でコントロールできるよう、アクセスは良いけど、わざわざ来ていただくような場所として、ちょうどバランスがよいと考えました。 職住一致でコスト抑制 ――ここにお住まいにもなるのですね。 店は1階が20坪弱の店舗で、2階が住居です。店舗兼住居で、お店は妻と2人で運営します。これもコンセプトの一つですが、もともと小商いとはそういうスタイルだったと思います。私の実家も蕎麦屋でしたから、1階が店で2階が住居というのは当たり前の生活でした。それが最もコストを抑えられます。 本屋は利幅が薄く、普通に算盤を弾いたら無理な商売です。恵文社一乗寺店も家賃が百数十万円かかり、レジが3カ所あってそれだけ人雇っていましたから、本の利益だけで計算したら到底維持できません。 本だけでも成り立つ規模に ――あえて小規模な店なのはなぜですか。 恵文社時代、外への発信はあくまで本屋でしたが、規模を維持するために、本よりも利益率がよい雑貨を増やさざるを得なかった。正直に言えば本屋としての立ち位置が揺らいでいて、それがストレスでした。 僕が入った頃の一乗寺店はもっと規模が小さく、他のアルバイトスタッフもそれぞれ何らかの得意分野を持って商品を揃えていたので、経営的に大きくはありませんでしたが面白い店でした。それはむしろ小規模だったからできたのです。 退社を機に、改めて原点に帰って本や文化を発信したいという思いがあり、そのために規模を小さくして本の利幅を増やすことで、本を中心にした店ができると考えました。 オリジナルの本も作成する ――どんな本を揃えるのですか。 本であれば、新刊だけにこだわるのではなく、恵文社時代にも手掛けていた洋書、古書、リトルプレスもしっかり扱っていきます。 新刊が6、洋書・古書・リトルプレスが3、その他の雑貨が1という構成が理想です。雑貨もステーショナリーや紙物など本屋にあって不自然ではない商品を揃えます。 本はジャンルを絞らず、小説、人文書、料理・食べ物、コミックなども置きます。また、オリジナルの本も作っていく予定です。 ――オリジナルの本ですか。 恵文社時代に自分が出演したイベントのアーカイブや、イラストレイターさんによる本にまつわるギフトブックのようなものを作りました。 製作ロットは1000部で、他の書店さんなどには買い取り、6掛、10冊以上で卸していました。 著者への支払いを入れて原価率を5割に設定すれば、半分売れると原価を回収できて、残りをゆっくり売れば売上がそのまま利益になります。お店でやるイベントをアーカイブとしてまとめることができて、オリジナル商品として発信できます。こうした試みは、すでに恵文社でも実験的に行ってきたので、十分成り立つと思っています。 嗜好品化する本に合わせて市場縮小 ――粗利益率を増やすために直接取引ですか。 いま資金力のない個人が取次会社と契約して、純粋な新刊書店を始めることは極めて難しい状況です。 最初に必要な信任金は個人にとっては大金ですし、例えば20坪ぐらいの書店を開く場合、家賃が20万円でアルバイトを1人雇って人件費が15万円かかるとしたら、光熱費など含めたコストを払って生活していくためには、月に300~400万円の売り上げがなければなりません。 そのためには最低でも1日に10万円以上の売り上げが必要で、もしコミックスのベストセラーを売ってそれだけにするには、1日に200冊以上売らなければならない。毎日それだけのコミックスを売る小規模書店は、常に人がいて混雑しているイメージです。 しかし、いまの時代、検索すれば多くの情報にアクセスでき、情報そのものも容易に入手できます。どこからでもアクセスできる情報を、あえて紙の本にする必要性は薄れており、今後、本というソフトは少部数で単価が高い嗜好品になっていくと思います。 であれば、作り手と売り手の粗利益を増やして、全体の規模を小さくしていくことは必然の流れです。これまでのようなモデルではなく、嗜好品化していく本を売って経営していける本屋のノウハウを作って、オープンにしていこうと考えています。 100 店舗できれば少部数出版物の受け皿に ――ノウハウをオープンにする狙いは。 ノウハウを使って同じようなコンセプトを持ったお店が100店舗できて、しっかりした本を各店が年間10冊ずつ売れば1000冊になります。しかも返品なしの買い取りなのですから、初版2000部程度の書籍を出す中小規模の出版社にと って、それなりの受け皿になります。出版社はそのための値付けをして、直接取引部門を作ることもできるようになると思います。 直接取引で粗利 30%目指す ――何冊ぐらい揃えますか。 1万冊程度は揃えたいと思っています。そのうちメインとなる商品は出版社との直接取引と、?子どもの文化普及協会から買い取りで仕入れます。それによって粗利益率を30%に近づけることを目指します。そうなれば、取次取引で1日10万円必要な売り上げが、7万円で同じ利益額を得ることができます。 オーブン当初の直接取引出版社はホームページに掲載している30~40社です。出版社から声をかけていただいたところもありますが、こちらから依頼したのは、取り扱い点数が多くなる筑摩書房、河出書房新社、平凡社、晶文社、国書刊行会などです。 子どもの文化普及協会からは、講談社をはじめとして200社ぐらいの出版社の本を仕入れることができます。しかし、それだけでは棚を作ることができませんから、八木書店とも取引します。 洋書については、恵文社でもアメリカの取次ベーカー&テーラーから仕入れていました。利益率が40 %は当たり前ですし、一手扱いにすれば50%の利幅ということもあります。そして価格は自由に設定できます。 また、雑誌は直接取引で仕入れることができませんから、スタンド卸などを手掛ける?新進から入れます。また、今後は取次に書籍の注文口座を開くことも考えていきます。そうなれば客注対応なども可能になります。ただ、それができたとしても、優先順位が高いのは利益率の高い出版社直接取引や子どもの文化普及協会です。 初回分は委託、追加は買い取り ――直接取引でどのように仕入れますか。 開店に向けては出版社ごとに初回の発注リストを作って注文しました。取引条件は買い取りで、卸正味70%ですが、開店在庫の資金負担が大きいので、初回の注文分だけは委託でお願いし、1年後に残った本を返品して精算する形にしてもら っています。追加注文はすべて買い取りです。 ただ委託は売り上げ報告などが大変なので、1年後にはすべて買い取りに切り替えたいと思っています。 ――送料はどちらの負担ですか。 それぞれの出版社と最低発注金額を相談しています。1冊単位で注文する場合は、子どもの文化普及協会が発注金額3万円以上で送料が無料になるので、ここに複数の出版社の商品をまとめて発注したりする予定です。 代金は月末締め翌月20日払いというサイトで支払います。恵文社でもミニコミや雑貨などは直接取引で毎月200~300社から仕入れていました。200社あったとしてもネットバンクを使えば半日で振り込めます。 ――出版社からの反応はいかがですか。 お願いした出版社にはとても良くしていただき感激しました。書籍中心に出している出版社は、今後、本が嗜好品になっていくことを理解されていて、そういうお店の重要性も認めていただけたのだと感じました。 小さな個人店はなくならない ――本が売れなくなっているといわれますが、書店はこれからも必要とされるのでしょうか。 本が売れない理由についていろいろといわれていますが、単純に考えても若者の人口がかつての半分に減っているうえに、僕たちが本や中古レコ ードを買っていた時代に比べ、携帯料金など基礎消費が増えているわけですから本が売れなくなるのは当然です。 私が書いた『街を変える小さな店』(京阪神エルマガジン社)で参考にした業態は、三月書房さんや古書店、そして喫茶店や居酒屋など、嗜好品を扱っていて、個人で営業している小規模なお店でした。嗜好品は人が生きるための必需品ではありませんが、そういうお店はなくなりません。本屋もそんなあり方を目指せばよいのだと思っています。 堀部篤史(ほりべ・あつし) 京都市生まれ。 1996年恵文社一乗寺店にアルバイトスタッフとして勤務、2002年から店長を務める。2015年同店を退社、書店「誠光社」を開業。社名は松木貞夫『本屋一代記 京都西川誠光堂』(1986、筑摩書房、品切れ中)に登場する大正から昭和初期に京都で営業した西川誠光堂からとった。 誠光社 所在地:〒602-0871 京都府京都市上京区俵屋町437 電 話:075-708-8340 サイト:http://www.seikosha-books.com/