ポプラ社の千葉均社長は、一連の「おしりたんてい」キャンペーンに、新規顧客を開拓する目的を持って、あえて大きなコストを投入。また、書店と出版社が互いに果実を得る新たな取引条件の提案も行った。キャンペーンに込めた思いや意図などを聞いた。(聞き手・星野渉) 新規顧客開拓のためのコスト必要 ――これだけ大規模なキャンペーンを行った理由は。
今回の一連の施策で初めて本に触れる子どもたちに、楽しい本があることや、書店が楽しい場所だということを伝えるために行いました。
キャンペーンには大きなコストをかけており、単に本を売り伸ばすためであれば、これだけの規模でやる必要はなかったかもしれません。
しかし、本好きになることは、子どもにとっても幸せなことですし、良い世の中、明るい未来を引き寄せる基礎になると信じています。
短期的な成果にすれば疑問を持たれるかもしれませんが、長い目で見れば、ビジネスとしても利益は大きいと考えています。 ――読者を育てる先行投資ということですか。
他業界から来て出版業界を見たときに、こんなに新規顧客開拓にお金を使わない業界は珍しいと思いました。
ただ、ポプラ社は伝統的に読書の入り口になるような本に力を入れてきました。例えば回転塔の絵本は長年350円で販売していますが、購入のハードルを下げて、読書の推進に一役買っていると思います。
また、「かいけつゾロリ」や「おしりたんてい」「おばけのアッチ」は、子どもが一人で本を読む入り口になる本です。そういう意味で新規顧客の開拓を常に意識してきた出版社なのです。 店頭のコミュニケーションが最大の効果 ――店頭イベントの効果はありましたか。
子どもにとっては能動的に参加する「体験」が重要だと考えています。多くの子どもはアニメで「おしりたんてい」を知りますが、家でテレビを見るだけでなく、思い出になる体験をしてもらうことが大切です。
キャンペーンでは、普段書店に行かない子どもが、まず書店ではない場所(セブン―イレブン)で本に出会う体験をして、書店に来店してもらうことを狙いました。
書店に来ない子どもをターゲットにした施策があったからこそ、我々は自信を持って書店での施策も展開できました。結果として書店でたくさん売れているので、大成功だったと思います。
また、なぞときイベントでは、お子さんがバッジを付けた犯人役の書店員さんに「あなたが犯人ですね」と声を掛ける場面があるのですが、当初、書店さんから「手間がかかりそう」という反応をいただきました。
しかし、始まってみると、ツイッターなどでの書店さんの反応は、お子さんから声を掛けられてうれしいとか、楽しいという、とても暖かいものでした。書店員さんもコミュニケーションをとても楽しまれたようです。
書店店頭で繰り広げられたドラマは、予想外に素晴らしいことだったと思います。店頭でコミュニケーションのきっかけになったことが、このキャンペーン最大の効果だったのかもしれません。 新聞と出版、もっと寄り添える ――新聞広告を大規模に行いましたが、効果がありましたか。
なぞとき広告は紙を折らないと解らない仕掛けになっていましたが、企画段階で新聞でしかできないことにこだわってほしいとお願いしました。
この試みを通して、新聞ももっと楽しめるのではないか、新聞と出版はもっと寄り添えるのではないかと感じました。 低返品・高利幅にトライ ――書店向け『カレーなるじけん』の報奨企画は価格の10%を超える高率ですね。
私は「低返品・高利幅を普及させたいと思っています。いまの取引条件では、書籍の販売で書店経営が成り立たないからです。 具体的には、返品率を10%に抑えてもらうことに対して、利益を10 %還元する。さらに、販売において当社商品を優遇してくださいというお願いです。それによって当社と書店さんがウィンウィンの関係になれます。
書店向け『カレーなるじけん』は、見計らい配本なしの完全受注制で、返品率10%以内で1冊100円の報奨金をお支払いします。正味換算で60%程度になり、進めようとしている低正味出荷の条件に相当します。
いま、この仕組みを一部で試験的にスタートしていますが、これからスピードを上げて普及させる手段についていろいろとトライしていく一環として実施しました。書店さんにもこうした経験をしていただき、来たるべき時代に備えてもらいたいと考えています。 千葉均(ちば・ひとし)氏略歴 1962 年宮城県石巻市生まれ。東京大学医学部卒、朝日生命保険、野村総合研究所、野村證券、コンサルティング会社で資産運用、財務、人事コンサルティングに従事後、2009 年ポプラ社入社、総務管理局長兼財務経理部長、取締役管理局長、取締役営業企画本部長、取締役営業・管理本部長、16 年から代表取締役社長