出版社の業界で重要な役割を担っている出版業界団体。自然科学系分野の出版社による「自然科学書協会」の設立は1946年と長い歴史を持つ。南條光章理事長に自然科学書協会の歴史と取り組みについて話してもらった。
設立時の会員総数は56社
――自然科学書協会の設立についてお話しください。
自然科学書協会は、自然科学の5分野―「理学」「工学」「農学」「医学」「家政学」の出版社56社によって、1946年11月に創立されました。2016年に創立70年を迎えており、歴史のある出版業界団体のひとつです。
設立時には、荒川実氏(丸善)が会長に就任し、事務所も日本橋の丸善内に置きました。2代目理事長に日本医書出版(現・金原出版)金原作輔氏が就任するとともに、「社団法人自然科学書協会」の設立総会を行い、事務所も文京区に移しています。
設立が終戦の翌年と戦後間もない時期でしたので、自然科学書の普及と印刷用紙の確保という二つの役割を担っていました。
なかでも印刷用紙の供給が厳しかったことから、出版社間で話合い、用紙確保に取り組んでいたようです。50年史を紐解くと、総理府内に出版用紙割当事務局があり、そこに申し込むことで一括して供給してもらえたようですが、割当があっても現物の入手は困難だったとあります。多方面からアプローチして、用紙を調達したとものと思われます。
――設立時点で56社の会員社は多いですね。
設立時にこれだけの会員社が集まったのは、歴史のある出版社が多かったからと言えます。5分野の出版社が役割分担して入会を呼びかけたようですが、なかでも医書出版社の協力が大きかったと思います。
すでに退会されていますが、法学書の有斐閣、語学書の白水社なども会員でした。その意味では、懇親会的な役割もあったと思います。懇親を深めながら、出版販売に関して話し合っていたのではないでしょうか。
――自然科学書を普及させるために、どういうことに取り組んでいましたか。
科学技術の進歩とともに、自然科学書の必要性を感じて、教科書や専門書籍の普及を目的に、1948年には『自然科学書総合目録』の発行や展示即売会を開催しています。一般読者に向けても、各地で講演会を開催するなど、積極的に自然科学書の普及に取り組んでいたようです。
一般読者に向けた自然科学書の普及
――現在の活動方針は。
7項目からなる事業計画を策定して活動しています。主な活動内容としては、自然科学関連知識の普及および啓蒙のためのシンポジウムや講演会を開催しています。
また、国内外のフェアに出展しており、関連機関を通して、フランクフルトブックフェア、北京国際ブックフェアにも出展しています。国内でのフェアは、2009年からは毎年開催しており、今年は大阪で5月から7月にかけて開催しました。特に、重要視しているのが著作権に関する取組みです。
――会員社の推移はいかがですか。
会員社のピークは1993年の83社です。今年は3社の退会があり63社で活動しています。5分野のうち、全体の3分の1が医書出版社で、農学、家政学の出版社は少なく、残りを理工書出版社が占めています。
会社の経営方針や経営状況等により退会する社もありますが、大きな変動はありません。
――自然科学書の市場動向はいかがですか。
医書は比較的安定しているようですが、理工書はとても厳しい状況です。なかでも教科書は、今後、少子化の影響で学生数が減少しますのでさらに厳しくなります。
販売面では、理工書などの専門書を扱っている書店での棚本数が減り、売り場が年々縮小されています。自然科学書など専門書を置いていただける書店が大型書店に絞られてきていて、地方の中堅書店、街の書店では扱っていただけない傾向にあります。
――専門書を扱える書店員が減っていることも影響していますか。
書店も厳しい販売状況ですから、専門書担当者が少なかったり、担当者を配置できないなどで、専門書の棚作り、新刊配本や補充がうまくいかないことで販売に結び付かず、徐々に売り場縮小に繋がっているケースはあると思います。
しかし、医書売り場は充実していますので、書店サイドとすれば、売上げに結び付く分野の売り場は現状維持しているということでしょう。
――どのような対策、書店に対するフォローをしていますか。
思うように対応できていないのが現状です。関連団体の工学書協会では、棚作りを支援する「棚分類表」を作っています。協会は扱っている分野が5分野に渡るため、書店の棚作り等に協力することは今後も重要な課題のひとつと認識しています。
販売機会を増やし読者との接点を持つ
――国内フェアの反響はいかがでしたか。
販売部数に関しては、ここ数年のフェアでは厳しい状況が続いています。さらに、フェア開催に協力していただける書店も少なくなってきており、大型書店で開催する傾向にあります。
今年度は未来屋書店りんくう泉南店で5月11日~7月15日まで、「自然科学書フェア2019」を開催しました。書店側から、今後専門書をしっかり扱っていきたいという意向もあり、販売・出展委員会のメンバーが中心となって、分野別分類などについて書店の担当者と話し合って棚作りを決めました。
専門書は置いてすぐに売れるものではないので、書店のご理解がないとなかなか置いていただけません。また、フェア開催の機会が減っており、手に取っていただけることが少なくなっています。しかし専門書は、読者に一度認識いただければ再訪の機会が増え、価格帯は高いこともあり、利益面では採算に合うと思います。こうした販売機会を作ることは、今後の販売活動にも関わってきますので、とても重要な機会と捉えています。
著作権問題に真摯に取り組む
――協会が抱える喫緊の課題はありますか。
著作物の教育利用に関する著作権改正です。改正著作権法35条により、授業目的の公衆送信について補償金を払うことで無許諾での利用が可能となります。これに関連して、教育目的補償金等管理協会(SARTRAS/サートラス)で議論が進むガイドラインに関する議題を理事会でも取り上げており、議論に割く時間も増えています。
また、以前から医書や専門書の違法複製も問題視してきました。日本医書出版協会が著作物の違法複製について2年ほど前から取り組みをしている中で、医書の無許諾・無断使用が発覚し、大学と協会で話し合いをもっていると聞いています。理工書はそこまでの違法コピー、無断使用は少ないように思いますが、著作権に関する認識が低くなりつつあるなかで、医書出版社は被害実態がわかっていることから、厳しい対応をしているのは当然のことと理解しています。
――著作権問題に対し、どのように取り組んで行きますか。
自然科学系の出版社は、著作権に関する意識が高い社が多いと思います。せっかく、労力と時間をかけて作った書籍を簡単に違法複製されることが少しでも減るように、会員社にも協力願って積極的に取り組んでいます。
また同時に、一般の方々に対する啓発活動も必要だと考えています。そのなかで、現在はパソコン等から無断で使用することもあると思われることで、「許諾」「転載」「引用」に対する認識が曖昧になりつつあると感じています。しっかり取り組んで行かないと、著作権に対する意識は向上していかないと思います。
――理工書の電子書籍は増えていますか。
医書は、雑誌の電子ジャーナル化に伴い、早い段階から電子化が進んでいました。一方、理工書では、電子化への要望は年々増えていますが、現状ではあまり進んでいません。
――今後の展望をお聞かせください。
4月にカリフォルニア工科大学・下條信輔教授による「自然科学書協会講演会2019―機械は人間を超えるか?―」を開催しましたところ、150名ほどの参加者があり、たいへん好評でした。講演会やイベント、フェアを続けることで、一般読者に向けた自然科学書への認知・普及をさらに進めていきたいと思っています。
また、著作権問題は、医書関連団体とも協力し、情報を共有しながら取り組んでいきます。今できることを、今後2年間のうちにしっかりと取り組んでいきたいと思います。
【団体データ】
創立:1946年11月
代表者:南條光章
会員社数:63社
所在地:東京都千代田区神田神保町1-101