毎日新聞出版『公文書危機』刊行 毎日新聞・大場記者に聞く、記録の「空白地帯」を明らかにする

2020年7月2日

『公文書危機』(毎日新聞取材班)

 

 毎日新聞が、精力的に紙面展開してきたキャンペーン報道「公文書クライシス」。その連載をもとにしたドキュメント『公文書危機』(毎日新聞取材班)が6月上旬、毎日新聞出版から刊行された。連載は「国民共有の知的資源」である公文書が、いかに「ないもの」として隠されているのか、その過程を内部の証言と情報公開請求を組み合わせて明らかにした。優れたジャーナリズム活動として、第19回「石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞」公共奉仕部門大賞を受賞している。取材班立ち上げから在籍し、同書で取材の舞台裏を書いた毎日新聞社の大場弘行記者に聞いた。

【成相裕幸】


 

毎日新聞社・大場弘行記者

 

 ――毎日新聞連載の「公文書クライシス」はどのような経緯ではじまったのですか。

 

 2017年、(森友学園の国有地売却にかかわる問題で)籠池泰典氏が国会に呼ばれたときに、安倍晋三首相夫人の昭恵氏とのやりとりがあったことを決定づけるファックス文書が公開されました。その仲介をした人は公務員で、公務で官庁に問い合わせてつくった公文書性の高い文書なのに、公文書として扱われていないことを知りました。つまり、籠池氏が国会で出さなければ、永遠にこの世に出なかったものです。

 

 記者は個人の文書や私的メモに、取材を阻まれることが多くあります。例えば、公と民の癒着をつかんでその情報をもとに開示請求しても、「個人のメモだから出せない」という理由です。そのファックスをみて、そもそも公文書はどうやってつくられ、隠されてきたのかに焦点をあてて、何度も煮え湯を飲まされてきた思いを晴らしたい思いがありました。

 

「ベタ打ちメール」の端緒つかむ

 

 ――取材はどのように進めたのですか。

 

 まず、官僚OBから隠すテクニックを教えてもらいました。そこではいろいろな手口が、連綿と受け継がれてきました。

 

 あるキャリア官僚OBの口から「闇から闇に消える文書がある」と聞きました。公文書にするかしないか以前に、判断すらしない、そういう文書があるんだと。それが菅義偉官房長官が「怪文書のようなもの」と言った加計学園問題のときの「総理のご意向」と書かれた文書です。

 

 次に、現役の官僚に聞くと「他にもある」とヒントを得ました。それが「ベタ打ちメール」です。昔は官庁の局長、課長などが判子を押す紙資料がベースでしたが、次第にメールの添付資料となり、次にメール本文に書かれるようになりました。

 

 彼らいわく「メールは電話と同じ」。つまり口頭で話されているものと同じだから、公文書にはしないという話を聞きつけました。そこで取材班を立ちあげたのが17年の夏です。官僚に実態を聞きつつ、情報公開請求も行っていきました。

 

 そして、政務三役(大臣、副大臣、政務官)130人が公用で使用した電子メールすべてを開示請求して、出てきたのは1通だけ。なぜなら、私用メールやLINEなどを使っていたからです。そのメールの使い方から、今の日本の公文書に関する官庁や政治家の意識の薄さをみせたのが、18年1月に報じた「政務三役 メール開示1通 130人分 大半保存されず」です。

 

 取材の初期段階から、(記事の)ストーリーは組み立てていきました。取材班立ち上げメンバーの日下部聡記者と、かなり会議を重ねました。

 

 週1~2回、お互いに調べたことを突き合わせて次の展開を練り、かなり綿密に計画しました。その中でキャッチしたのが、防衛省が後々の開示請求をしにくくするために抽象的なファイル名をつける「ファイル名ぼかし」です。

 

根源的な問題は世間と官僚のギャップ

 

 ――本書を読むと取材の情報源は、公文書をつくる立場である官僚であることが多いです。彼らは公文書の扱いについてどのように考えているのでしょうか。

 

 電子メールに関しては「問題意識はあるが、積極的に改めようというわけでもない」という印象です。森友学園問題のときに怒りを感じる、ある意味庶民的な官僚、職員ですら、電子メールについてはそれほど問題と思っていなかったりします。

 

 ごく普通のサラリーマンや主婦が「それは残さなければいけないのでは」と思うものと、官僚が思うもののギャップがものすごく開いている。それが根源的な問題です。

 

 ――その一方で、公文書の重要性を認識している政治家もいます。

 

 福田康夫元首相は思い入れが強いですね。首相在任時に、公文書管理法の制定を主導しました。父・赳夫元首相の秘書だったとき、地元の後援者から「群馬の空襲の写真がみたいから探してほしい」と頼まれ、外遊先の米国国立公文書館に行った際に、30分でその資料が出てきた経験が原点だそうです。

 

 最初はアーカイブ、つまり歴史の記録として残さなければいけないという思いからだったのでしょうが、途中で認識も変わってきたのだと思います。

 

 本書でのインタビューだけでなく、他の講演などでも民主主義の根幹にかかわるものと強く押し出して発言されています。そういう意味では、安倍政権に対してかなり含むところがあるのではとも感じます。

 

 ――歴代の首相は、退任するときに資料を残していかない慣習もあるそうですね。

 

 麻生太郎元首相は、自分は記録を残さないと国会で発言しましたし、小泉純一郎元首相は官僚からのレク資料を置いたまま退室してしまう。秘書官も残していない。そうすると、本人が何を受け取ったのかは官僚しかわからない。意識的に残さなければ残らないものだということに、ほとんど気づいていません。

 

つくらない口実を無理矢理あてはめる

 

 ――今の安倍首相が官僚と面談したときの打ち合わせ記録を残していないこと、そもそも記録をとる随行員も打ち合わせに入れないことも明らかにしました。

 

 象徴的な話です。事実上「真空」にされています。総理大臣は間違ってはいけない、権威が落ちてしまうような記録は残さないなど、官僚の「奥ゆかしさ」を取材を通じて感じました。そこが記録の「空白地帯」になっています。

 

 「政策立案に影響を及ぼす打ち合わせ記録は残す」と、対外的には言っています。にもかかわらず「政策立案には影響はなかった」と言って、つくらない口実にしています。出さない理由を、無理矢理あてはめてしまうのです。

 

 ――この取材に欠かせない情報公開請求ですが、事前に原稿に活かせそうな文書が出てくると、どれくらい期待しているのですか。

 

 まず、調査報道は今、開示請求を手続き上していないと、原稿に瑕疵があると思われてしまうくらいベーシックな手法の一つになっています。

 

 使える文書が出てくるケースは30回に1回くらい。出ないことを想定して取材を進めます。でも「ない」ことをもって、何らかの不正や隠さなければいけないことがあることを浮かび上がらせる。それを記事にするケースもありますが、それだけでは説得性がうすい。そこで、官僚の懐に入って内部の情報を聞き出す。このセットが基本的な手法です。

 

 ――その手法は記者の間でどのように蓄積、共有されているのですか。

 

 OJTに近いところがあります。まず、これまでの記事を分析することが基本です。知能犯を捜査する捜査二課や検察、特捜部の事件の組み立てと、調査報道のやり方は似ています。事件取材をしていると、彼らがオープンデータの登記簿や政治資金収支報告書などを使って、最後に口座照会をかけるなどのやり方が見えてきます。その意味で、事件取材を経験することが近道ともいえます。

 

 今は後輩に、取材方法を体系立てて教えています。少なくとも新聞業界での調査報道であれば、ある程度座学で勉強することは可能です。ただインタビュー力、文章力、そして資料の勘所をつかむセンスなどの経験値も必要です。

 

伝わらなければ記事として存在しない

 

 ――新聞原稿を書くときに気をつけたことは。

 

 公文書というと制度論がからんで難しいですが、裏で動いているのは人間です。官僚があの手この手で隠そうとするさまや、心理の人間臭さがあります。原稿を書くときも、その官僚の肉声を原稿の前半に持ってくるなど、私がサンデー毎日編集部にいたときの週刊誌的な手法も取り入れました。やはり、伝わらなければ記事として存在しないも同じですから。

 

 ――連載時の反応はいかかでしたか。

 

 特に官僚には、まさに我が事ですので読まれていますね。彼らから接触もあります。ものになるかは別として深掘りしています。

 

 公文書という硬い話でも、ツイッターなどをみると反応は非常にいいです。民主主義的なものに対しての意識、自分たちのことを他人に勝手に決められてしまっていることへの我慢のならなさが高まっています。

 

 今は、政治が可視化されてきています。小泉元首相が出てくるまでは「料亭政治」で決められていた時代があった。それが関西系のテレビを中心に、政治がワイドショー化され、ガラス張りになってきました。

 

 さらにSNSや動画配信で、政治家が何をしているのか発信されるようになり、誰がどんな思惑で決めているかわかってきました。記録に残せないことは私たちに知られたくないことをしている、好き放題にやっていると思われる時代に入っています。この流れは止められません。

 

 ――ありがとうございました。