運賃単価の高騰に加え、ドライバー不足と高齢化が進み、出版の物流危機は年々深刻化している。この20年間で出版販売金額は雑誌の低迷などで、約半分にまで縮小しており、物流量の減少は輸配送効率の悪化という形で大きな打撃を与えている。今年6月、日本出版取次協会(取協)の会長に就任した平林彰氏(日販GHD)は、現状のさまざまな制約を見直し、流通改革を推進すると方針を示した。平林会長から出版物流の今後や大規模災害の対応などについて聞いた。
【鷲尾昴】
――2020年度の年間休配日は、当初25日の予定で、そこに新型コロナウイルス影響で急遽2日追加され、計27日となっています。休配日は増加傾向にあるようですが、全体として出版物流の状況は改善されているのでしょうか。
改善している部分と、悪化している部分があります。肌感覚ですが、足し引きすると全体的には悪くなっています。
20年度の休配日は、前年よりも10日増加しました。取協としては、早期に週5日以内稼働を実現したいと考えており、日本雑誌協会(雑協)もその方向性については十分ご理解をいただいています。このように、大きな改善部分もあります。
しかし、昨年から九州・中国エリアの輸送が1日遅れになるなど、段々と輸送が難しい状態になっています。また、鉄道や道路といった交通インフラは豪雨など災害の影響を強く受けるため、日本の物流そのものが厳しさを増している環境です。
その中でも出版物流は、代替輸送の選択肢が限られています。発売日という制約の下では、貨物鉄道とトラックが主な輸送手段で、新規の業者を見つけることも難しい状況です。このほかにも、ドライバー不足や流通センターの人員確保、最低賃金の上昇など、他産業にも見られるような問題を多く抱えています。
エッセンシャルワーカーを守る「働き方改革」
――出版業界全体の流通効率化の観点から、改革を進めていくとしていますが、解決すべき課題について教えてください。
直面している課題は大きく分けると2つあります。一つはエッセンシャルワーカーの命と健康を守る「働き方改革」、もう一つは会社の枠を超えた「サプライチェーンの再構築」です。
先に「働き方改革」について話すと、ドライバーや流通センターの週5日以内稼働やBCP(災害時の事業継続計画)の問題に取り組んでいます。特にBCPはこれまで出版流通が大規模な被害に遭ったケースが少なく、そのことに甘えていたという反省がありました。
近年では首都圏の私鉄やJRも台風の情報があると、乗客と従業員の命を守るために駅を閉め、運休するようになりました。こうした取り組みはとても重要なことです。
取協としても、もっと全国で起きている災害の状況を見て、安全のために、時には流通を止めるなどの対応をしていかなければなりません。出版流通と出版文化は、本を運んでくれるトラックのドライバーによって支えられています。
だからこそ、そうしたエッセンシャルワーカーの命が守られ、健全で健康な労働環境を考えることに、業界全体が力を注がなければなりません。
――BCPについてですが豪雨や台風など災害、また、感染拡大が続く新型コロナウイルスなどで、出版物流が止まることもあるということでしょうか。
台風や豪雨など災害時、ドライバーが自分の命を守るために輸送が遅れてしまっても、それは当然のことだと思います。新型コロナウイルスが発生して流通センターが閉鎖となってしまった場合も同様です。
競争状態では、緊急時でも無理やり動かそうとしてしまいますが、それは命や健康を守ることに反する行為です。大規模災害などの緊急時においては、競争を止め、流通を止めざるを得ません。
運送契約を結んでいる荷主には荷受人に対して配慮義務があります。経済産業省によれば、荷主とは、「貨物輸送事業者との契約等がなくとも、貨物輸送事業者に貨物を輸送させている事業者との契約等において、当該貨物の輸送⽅法等を実質的に決定している事業者」と定義されています。
これにより出版社様も荷主であるとの断定は勿論できませんが、発売日を決定し、配本数の指定をしている出版社のみなさまにも、ドライバーの命を守るための配慮とご協力をお願いしたいのです。
休配日は増加するも流通センター稼働日は減らず
労働環境の改善を目的に、週5日以内稼働の早期実現を目指して、年々休配日は増加しています。休配日の数を2016年度と比較してみると、20年度は20日以上の増加となりました。しかし、日販雑誌部門の流通センターの年間稼働日を見てみると、16年度と20年度の比較で4日しか減っていません。
実は休配日と言っても一部の週刊誌などにおける物流作業のため、雑誌の流通センターは稼働していて、搬入・整品・搬出作業が行われています。取協としてはすべての流通センターが稼働しない休配日を作っていかなければならないと思っています。
流通センターが稼働するということは、荷物を受け取る運送会社も稼働しなければならないということなので、流通センターが稼働しない日をつくることが、結果的に運送会社の休日増加につながるということです。
そして、週5日以内稼働の早期実現に向け、セットで取り組まなければならないのは、業量の平準化です。ただ休配日を増やしただけでは、業量変動が大きくなるだけなので、ここは必ずセットで進めていかなければならない重要なポイントです。
また、夜間配送の問題についても考えていかなければなりません。夜間配送は、配送としての効率はいいですが、働き手であるドライバーを集めるのが難しく、それにより夜間配送が難しくなるエリアも出てきます。
ドライバーの長時間労働という観点でも問題です。そこの解決に取り組んでいくのは荷主責任だと思います。鉄道に始発と終電があるように、出版流通も24時間稼働をやめて、改善していかなければなりません。
出版物以外の商材との共同配送実現を目指す上でも、配送時間ルールの考え方をもっと柔軟に捉えていく必要があります。関係先の皆様とご相談しながら、検討を重ねていきたいと考えています。
会社の枠を超えた「サプライチェーンの再構築」
次に「サプライチェーンの再構築」ですが、私が若いころ、かつての上司からは「前工程と後工程を考えて仕事をしなければならない」と繰り返し聞かされてきました。
出版物流でいえば前工程は印刷会社と製本会社、後工程は輸送業界です。輸送業界とは数年前からコミュニケーションを重ねて、問題を共有してきました。しかし、前工程の方々とはまだ深い話を伺う機会がなく、今後は問題意識の共有を本格化させていきたいです。
たとえば、流通センターに搬入された雑誌は10冊単位などでパッキングされていますが、書店に送るときは3冊や5冊などばらしてしまいます。
せっかくフィルムでパッキングされているのに、製本所から流通センターに入るためだけの梱包になっています。搬入段階で書店配本に合わせ、パッキングを3冊、5冊、10冊で分けるのはとても大変なことかもしれません。ですが、そもそもこうしたことをこちらから質問したり、現場で意見を交わしたりする機会自体をあまり作れていませんでした。
また、印刷・製本会社に適切な搬入時間を伝え切れていない部分があり、早く来ていただいたのにお待たせしてしまうことも起きていました。作業工程に合わせてお互いに連携できれば、双方にとってメリットが生まれると思っています。
縦軸は前行程・後行程 横軸は取次同士の協業
前工程と後工程は「サプライチェーンの再構築」を推進する上での縦軸、一方横軸は取次の協業にあたります。
取次の協業はお互いの社風や歴史の違いなどありますが、一緒に取り組めば結果が必ず出ると思っています。取協の立場としても進めてほしいと思っていますが、そこには競争と協業の問題があります。
しかし、他業界に目を向けると、食品業界では味の素などの食品メーカーが、さまざまな障害を乗り越えて共同物流を実現している実例があります。私たち取次も競争と協業を一つ一つ見極めながら、進めていかなければなりません。
――流通改革の制約となっているのは具体的には何なのでしょうか。
「サプライチェーンの再構築」を機能させようと思ったとき、制約となっているのは短すぎるリードタイムです。印刷・製本業界や輸送業界から強く求められているのは、このリードタイムに余裕を持たせるということです。
現状のリードタイムでは、雑誌の輸送が数時間遅れただけで、発売が翌日になってしまいます。出版物はそれくらいギリギリのスケジュールで動いているのです。余裕を持ったリードタイムさえあれば、違う輸送手段を使ったり、ドライバーを休ませたり、選択肢が広がります。
搬入が少しでも遅れると貨物鉄道に間に合わないこともあり、そのときはトラックで追いかけ、発売日を守るために必死の努力をしています。取次としては、今よりも搬入が24時間早くなれば大きく改善されると考えています。
サプライチェーン全体の効率化としてデータの標準化を
――「BooksPRO」が今年3月からスタートし、JPROの登録率も上がっています。取協として、どのような役割を期待していますか。
出版業界には、ISBNという優れた統一的なコード体系があります。しかし、近刊の書誌情報や流通情報など、個別の情報は充実していませんでした。取次各社は広報誌「日販速報」「トーハン週報」を発行していますが、書店にとっては乏しい情報です。
「BooksPRO」には、サプライチェーン全体の効率化として、データの標準化の役目を期待しています。近刊情報の登録は毎年上がっています。しかし、少なくとも新刊発売の95%以上までいかないと物流では使えません。
ただ、そこまで登録率が上がっても未登録の5%をどうするかという問題は残ります。「流通の合理化」は、「出版の自由」に馴染まないと言われてきましたが、もう向き合わなければならない段階にあります。
出版物の販売額がピークを迎えた1997年以前を拡大期、それ以後を縮退期とすると、流通センターや流通の仕組みは拡大期に合わせたものでした。縮退期になっている状態の中で、何を変えていくのかを議論しなければなりません。
物流担う書籍にシフトマーケットイン型に舵を切る
――2016年に書籍の売り上げが雑誌を逆転し、「雑高書低」時代ではなくなりました。出版輸送において、書籍は変わっていきますか。
書籍の輸送はこれまで雑誌に相乗りし、そのコストを吸収してきました。しかし、書籍と雑誌の売上高が逆転した現在、書籍が物流を担うようにシフトしていかなければなりません。
また、取次の協業では既に雑誌の返品がスタートに向けて動いていますが、今後は競争領域であるかどうかを議論しながら、雑誌・書籍の送品も検討していくことになります。
書籍については「JPRO(出版情報登録センター)」に登録した取次搬入予定日のデータを活用して、業量平準化のための搬入日調整をしています。
さらに書籍の見本日を1日早くするようにリードタイムについても動き出しています。トーハン・近藤敏貴社長がマーケットイン型流通として「ドイツモデル」をあげているように、取次としては、市場のニーズや書店様からの注文に基づいた送品に大きく舵を切る必要があります。
流通の形としては、受注に対して出荷されるというのがあるべき姿だと思っているので、書籍流通は「BooksPRO」で情報を得て、書店様が発注するという流れに変わっていく必要があります。
1957 年東京都生まれ、81 年慶應義塾大学商学部卒、同年日本出版販売入社、2003 年役員待遇経理部長、06 年取締役経営戦略室長、経理部長、09 年常務取締役管理部門担当(人事総務部、経理部、システム部、不動産事業部)、10 年専務取締役管理部門担当(人事部、総務部、経理部、システム部)、12 年代表取締役副社長システム部担当、物流部門総括、13 年代表取締役社長、19 年10 月日販GHD 代表取締役社長