「ひとり」だからこその責任感
大学の広報誌や報告書などの制作も手掛ける出版社に17年間勤務し、2015年に独立。正確で丁寧な仕事が評価され、各種学会誌や研究報告書などの制作を請け負い、その過程で関係を築いた研究者の著作も刊行する。学術出版の未来を考え、「学問の楽しさと凄味を知ってもらうために多くの人に学術書を届けたい」と責任感と使命感を持って編集・出版に取り組む英明企画編集の松下貴弘さんを取材した。
【堀雅視】
学術成果伝えるシリーズ好調
高校まで長野県で過ごし、大学は京都の立命館大学に進学。文学部で東洋史を学んだ。京都の出版社に就職し、主に学術系印刷物の編集に携わったが、40歳を機に「より自由に仕事をしたい」と英明企画編集を立ち上げた。
17年間の経験と築いてきた著者との関係で、学会誌、研究報告書などの制作発注が継続的に入る。そうしたつながりの中から、著者の要望や想定される読者ニーズ、松下さんの想いが合致する企画が生まれると、書籍として刊行する。「比較文化学への誘い」シリーズもその一つ。
人類学、比較文化学の権威である山田孝子京都大学名誉教授らが、「食」の観点から世界の文化を比較する『食からみる世界』、死に対する考え方や葬送儀礼を比較した『弔いにみる世界の死生観』のほか、最新刊『人のつながりと世界の行方』など6冊が発売中。
『人のつながり―』は、近年、日本で希薄になりつつある人との付き合いや地域コミュニティについて各地の様相を比較し、誰もが安心・安全で豊かに生きるための方策を探る。
もう一つのシリーズ「混成アジア映画の海」第1巻で、東南アジア研究者の山本博之京都大学准教授の編著による『マレーシア映画の母 ヤスミン・アフマドの世界』も大学の共同研究成果報告書がベース。
両シリーズともネット書店を中心に堅調に動いており、この「『請け負い仕事』のつながりから『書籍刊行』」という業務サイクルが同社の特徴で強みとなっている。
優れた研究を広く世に
編集・出版に際して、常に手抜き仕事にならないよう心がける松下さんは「1990年代後半、DTPソフトの普及により作りやすくなったことから、校正が不十分で正確性に難があり、レイアウトにも工夫のない報告書が多く出回った」とし、「その結果、誰も読まないものが溢れ、学術出版物全体の価値を下げてしまった」と指摘する。
「真剣に学問に取り組む人の研究成果は情報量が多く、凄味を感じる分析もあり、社会的価値が高い。それは理系も人文系も同じ。そうした価値ある成果は、広く読まれるべき」と訴える。
また、「学術出版物について、正確性はもちろん、記述法やデザイン面でも工夫を怠らず、広く届ける編集側の努力は必須」と語る。
新ジャンルにも挑戦
企画から編集、組版など、印刷に出すまでの過程をすべて一人で担う松下さん。「資金と時間が許せば外部委託もして、書籍の刊行点数を増やしたい気持ちもある」というが、「無理をして請け負い業務に支障をきたすことや、経営が危うくなると、多方面に迷惑をかける。信頼して発注いただいた方のために、まずは今の仕事を丁寧にしつつ、出版も続けたい」と話す。
現在はイタリアの小説の翻訳出版企画が進行中。小説は同社として初めて。「この企画も外国語大学の仕事がきっかけで、有名な作品の翻訳も手掛けた方と繋がりができた。今後も請け負いと出版の両方に真摯に取り組み、長く続けて学術界に少しでも貢献できれば」と意欲を示していた。
英明企画編集=京都市中京区御幸町通船屋町367―208