公認会計士・碇信一郎氏に聞く 21年度から返品調整引当金廃止の影響は

2020年9月28日

公認会計士・碇信一郎氏

 

 2018年の税制改正で決まった返品調整引当金廃止の適用が、半年後の21年4月に迫っている。同時期に適用が始まる「収益認識に関する会計基準」(収益認識基準)については、出版業界の対象企業は一部にとどまりそうだが、引当金廃止は中小含めた全事業者にあてはまるため、相応の準備が必要だ。その制度変更は出版業界特有の「委託販売」「常備寄託」の特異性を見直すことにもつながる。出版会計に詳しい公認会計士の碇信一郎氏にその概要と着目すべき点などを聞いた。

【成相裕幸】

 


 

知っておきたい出版会計と「収益認識基準」の基礎

 

 2021年4月1日以後に開始する事業年度から、新しい会計基準が適用になります。それが「収益認識に関する会計基準」です。

 

 これは、国際的な会計基準と日本の会計基準とを近づける作業(コンバージェンス)の一環として行われるものです。新しい収益認識基準が適用となる対象は大企業を中心とする一部の企業になります。監査対象法人以外の中小企業は、現行の企業会計の原則に則った会計処理が引き続きできます。

 

 ですから、出版業界でこの変更の影響を直接うける企業は多くは無いと思います。しかし、この会計基準の適用に伴って、税法の改正が行われます。この税法改正の影響は、ほとんどの出版業界関係者に及ぶと思われます。その中に「返品調整引当金の廃止」が含まれているのです。

 

 まず「収益認識に関する会計基準」の適用によって何が起きるかというと、簡単に言えば適用会社は「売上高」(収益)の金額がこれまでと変わるケースが出てきます。

 

 例えば、これまでの返品付き販売においては(出版社が取次への)販売時にすべて収益を計上していました。ですが、今後は返品が見込まれる金額(売価ベース)については計上ができなくなり「返金負債」として計上します。また、返品が見込まれる分は「返品資産」として計上します。そして決算日に返金負債と返品資産の見積もりが正しかったかどうか見直す必要があります。

 

監査法人に相談を

 

 「収益認識に関する会計基準」が適用となる企業はどのような処理をしたのか、決算書の「注記」で説明する必要がありますから、早めに監査法人等と相談することをお薦めします。

 

 日本公認会計士協会はホームページなどで「収益認識の基本論点」を公表しています。そしてこの新収益認識基準の適用に伴う税制改正によって、先述の通り「返品調整引当金の廃止」が決まっています。

 

 ただし、返品調整引当金の廃止については10年間の経過措置(2030年3月31日まで)があり、現行法による損金算入限度額に対して1年ごとに10分の1、つまり1割ずつ繰入できる限度額が減少し、30年4月1日以降の事業年度からは損金算入ができなくなります。

 

 単年度での絶対額としては大きくはないかもしれませんが、企業の税負担が増える方向であることは間違いありません。

 

 ですから、収益認識基準を適用しない中小企業であっても、この税法改正による自社の影響を把握しておくことは重要なことだと思います。

 

 なお、収益認識基準の適用会社において、実務は「みなし規定」として返金負債と返品資産の差額分を返品調整引当金の繰入額とします。みなしなので、会計処理は必要なく、新たな会計仕分け作業もいりません。税務申告時に別表で、その金額を繰入額として処理します。

 

委託販売と常備寄託

 

 加えてこの機会に、出版業界で当たり前のように使われている「委託販売」「常備寄託」についても、本来の法律用語や取引慣行に照らすとどういうことなのか知ることも重要でしょう。

 

 例えば「委託販売」とは一般には「返品条件付き販売」と言われるものです。これは、一般的な「委託販売」とは異なる、と言われます。では、どのような点が異なっているのか。一般的な「委託販売」では、商品を「支配しているかどうか」つまり委託した先の法人や個人がどのくらい主体的に販売に対する権限をもっているか、がポイントとなります。それは例えば所有権、価格決定権というものの度合いです。

 

 再販売価格維持制度のある出版業界では、実際は販売というより預けたような形です。売る側の書店が好きな価格で販売できず、主体的に販売できる行為がかなり制限されています。すると買って仕入れたのではなく、「代理人」として売って販売マージンを得る取引に近いようにおもわれます。再販制度のもとでそれを返品条件付き販売委託と呼んでいるのです。その点からいえば、書店の会計は販売手数料収入とすべきなのかもしれません。

 

 さらに出版業界でいう「常備寄託」は、一般的には「預け在庫」であり消化仕入れ、つまり売れた段階で売り上げを計上しますが、実際には出版社は1冊目が売れて次の本が入ったときに初めて売り上げを計上している。本来の売上計上の時期にズレが生じています。

 

 このように出版業界であまり疑問をもたずに使っている言葉でも、法律論や他の業界の商慣習からすると異なる事例が他にもあります。この収益認識基準の変更を機に、その違いを理解することは有益となるでしょう。

 


 

〈収益認識に関する会計基準〉

 

 これまで国内の企業会計は「売上高は、実現主義の原則に従い、商品等の販売又は役務の給付によって実現したものに限る」と定められているだけで、各業界で一律の売上計上の決まりはなかった。ゆえに同じ種類の商品を販売する取引においても、商品の出荷時で売上を計上したり、顧客が商品を受け取った時点で計上していたりと統一ルールはなかった。アメリカの会計制度では業種ごとに詳細に収益基準が定められている。

 

 現在、出版業界ではこの影響について精査する目立った動きはみられない。返品調整引当金廃止について、日本出版販売は「形式上、売上高の減少となることは認識している。金額は試算中」と回答している。日本書籍出版協会は20年2月に「出版税務会計の要点」(著・編=出版経理委員会)を刊行。各販売形態別の売上計上の計算式などを解説している。

 

 なお、文化通信社では10月29日に碇氏が登壇する「収益認識基準」に関するセミナーを実施する。詳細、申し込みは下記リンクから。

 

◆お申し込みはこちらから◆