ジャンル問わず「面白い」作品を
フランス語に魅了され、会社に通いながらフランス語を学び、ついには退職して語学留学に。さらに帰国後もフランス語圏の研究を目的に社会人枠で大学に通うなど「フランス語」に眼差しを向けてきた。2014年に設立したエディション・エフでは自身も所属する翻訳グループの繋がりから海外作品の翻訳企画が舞い込むなど独自のルート、手法で出版活動を営む。代表の岡本千津さんの人物像に迫りながら同社を取材した。
【堀雅視】
仏語に魅せられて
1980年代、マリ共和国(西アフリカ)の代表的なミュージシャン、サリフ・ケイタ氏が来日。コンサートでケイタ氏が話した言葉は当時、同国の公用語だったフランス語。岡本さんは「フランス語圏が内包する多様性、奥深さを知り、感銘を受けた。フランス語を勉強すればアフリカにも行ける。マスターしたいと強く思った」と当時を振り返る。
大学でデザインを学んだ岡本さんは、卒業後、化粧品メーカーでプロダクトデザイナーとして商品容器やパッケージのデザインを手掛ける。フランス語への思いは消えず、終業後、フランス語学校へ通い始め、とうとう4年半勤務した会社を退職し、フランスに語学留学した。
帰国後、フランス系の雑誌社に入社。日仏間の打ち合わせや交渉など語学力を生かして活躍したが、この間、立命館大学に社会人枠で入学し、国際関係研究科でフランス語圏の研究に勤しむ。その後転職した編集プロダクションではライター、編集者、アートディレクターとして従事した。
10年が経った頃、母の介護問題が発生する。会社と家の往復で母の身の回りの世話をするには限界があり退職を決意。在宅で仕事をしようと2014年にエディション・エフを設立した。
「F」はフランス語のfraternité(友愛などの意)からとり、「隣人や友人など身近な仲間を愛して互いの信頼を高める。エディション・エフの本が媒介になり、作品を手にしてくれた人たちの間に温かい『共感』が生まれてほしい」との思いを込めた。
初作品は日仏対訳詩集
独立第一作は、フランス語対訳付きの詩集『昼のビール』(山川三多)。元実業家の山川氏とは岡本さんが参加していた文章力養成のフォーラムで知り合ったという。
最大のヒットは、絵本『サンドイッチをたべたの、だあれ?』、『ものがたり白鳥の湖』。ともに海外の翻訳絵本。『サンドイッチをたべたの、だあれ?』は、岡本さんも所属する児童書翻訳家を目指す人らで結成した「やまねこ翻訳クラブ」のメンバーでもある翻訳家・横山和江氏からの提案で実現した。岡本さんは「ひねりのきいた予想外の結末が面白くて受け入れられた」と好評の要因を語る。
『ものがたり白鳥の湖』については、「バレエ作品『白鳥の湖』の世界を、バレエを感じさせずに美しく表現している希有な絵本。大人の女性が多く手に取ってくれた」と話す。このほか、フランス語からの翻訳書をこれまでに4点刊行。原著者はシリア詩人やアフリカの作家など多彩な顔ぶれが並ぶ。
猫と近代建築への愛情込めた歌集
最新刊は今年6月刊行の歌集『ぬばたま』(北夙川不可止)。著者は歌人でありながら近代建築の保全にも尽力している。岡本さんが取引する古書店が入る船場ビルディング(大阪・中央区)も大正時代に建てられた貴重な建築物。著者とはそこで知り合い、意気投合した。
「ぬばたま」は、著者がかつて飼っていた黒猫の名前。猫への愛情、近代建築への強い情熱を込めた歌集となっている。
好調な絵本など今後の展開に注目するが、岡本さんは「絵本は上製でオールカラーなど、小さな出版社としてはコストが掛かり過ぎる。何とか重版になれば見合うが、初刷り部数の判断など簡単ではない」と懸念する。
「50歳で設立したとき、『70歳までやろう』と掲げたが、なかなか難しそう」と言うが、「著者や、翻訳の仲間たちにすごく助けられている。その人たちの期待に応えながら今後も『面白い』と思われる作品を発行していきたい」と意欲を示す姿は、まだまだ不屈のパワーがみなぎっていた。
エディション・エフ=京都市中京区油小路通三条下ル148