「ひとり出版社」奮闘記 共和国・下平尾直さん 紙にこだわり“出したい本”を出す

2020年11月19日

今年8月に刊行した森元斎『国道3号線 抵抗の民衆史』を手にする下平尾さん

 

 共和国という出版社を2014年に立ち上げた下平尾直さん(52歳)は、「人は使うのも使われるのも苦手」と、自宅を事務所に1人で仕事を続けてきた。それでも、書店流通を委託しているトランスビューの工藤秀之氏や、装幀を依頼している宗利淳一氏など、信頼できる仲間との「バンド活動」だと自身の仕事を表現する。


【星野渉】

 


 

 大阪・岸和田市育ちの下平尾さんは、39歳で東京の出版社に入るまで関西で育った。

 

 学生時代のアルバイトは、朝日新聞大阪本社の編集局や東宝の宣伝部などメディア関係の仕事が多かったが、7年かけて大学を卒業したあと、京都大学大学院に進学する。研究者を目指して博士課程まで進んだが、体調をくずして退学。その後は、出版社や編集プロダクションで働くが、2007年に新聞の募集広告で知った東京の小規模出版社に入社した。

 

 その出版社で『ナチスのキッチン』(藤原辰史)といった売れる本も作り、多いときは年間15点を編集したが、「社会に出るのが遅かったせいか会社員には向いていない」と14年に独立。退職金や妻からの借金で出版業に必要な最低限の設備を用意し、固定費がかからない自宅で創業した。

 

流通はトランスビュー

 

 編集はともかく、営業や経理などはまったく経験がなかった。そのため独立にあたっていちばん問題なのは、流通と在庫管理だった。

 

 知人に話を聞いて回るうちに、書店直取引出版社のトランスビューが他の出版社の流通代行を始めたと知って、工藤氏に手紙を送って取引をお願いした。同時にトランスビューが使っている京葉流通倉庫に在庫を保管することもでき、流通面もなんとか整った。

 

 「トランスビューの場合、注文出荷なので返品率が低く、また支払いサイクルが少し早いため、ひとりで経営するには助かった。正味70%で条件がよいと言われていたが、手数料や送料を考えると、けっしてそうではない。出版社のメリットではなく、むしろ書店の粗利益率などを改善するために直接取引を実践しているのだと知って、そこに共感した」という。

 

 注文出荷なので、書店から注文が来ないと出荷できない。そのため独立当初は書店営業もしたが、現在は主に、注文出荷制の版元が集まって書店に発送している共同DMと、トランスビューのFAXに頼っている。また、新聞や雑誌で書評に取り上げられることも多く、「運がよい」という。

 

 月1回、トランスビュー流通代行の各社と共同で毎日新聞の読書面に全5段広告を出している。「売り上げはともかく、同業者や他のメディアへの知名度を上げるため」。図書新聞の1面突出広告も、創業直前から毎週続けて315回を数えている。

 

7年間で54点を刊行

 

 創業から7年間で出した書籍は54点。いずれも宗利氏が手掛けた造本を凝った本が多く、形のある物としての本にこだわる。

 

 電子書籍は出していない。「CDから配信になるとLPに回帰しているのと似ているが、本はアプリやタブレットを必要とせず、それのみで完結しているのでメディアとして信頼できる」という。

 

 翻訳書が14点と多いのも特徴だ。既刊の3分の1を占め、版権を取得して準備している企画も7、8点ある。

 

ロマン・ガリの小説『凧』

タルディのコミック『塹壕の戦争』

 

 もともと海外の文学や芸術などフィクションに関心があるという下平尾さん。これまでにアイズナー賞を受賞したフランスのタルディのコミック『塹壕の戦争』や、ロマン・ガリの小説『凧』といった日本で紹介されてこなかった名作を刊行。「小さい出版社だからこその役割だと考えている」と出版人の心意気を示す。

 

一代限りでかまわない

 

 「売れるからではなく、自分で読みたいと思った本を出している」という下平尾さんは、「買って読むのも新刊より戦前の古書のほうが圧倒的に多い」。デザインや企画も、流行を追いかけるのではなく、過去の出版物や歴史から学ぶことが多いそうだ。

 

 「自分が死んでも本は残るし、一代限りでかまわない」という。「死ぬまでに不労所得で食えるようになるのが夢」だが、それまではひとりで出版社を続ける考えだ。「出したい本はまだまだたくさんある」。

 

共和国=東京都東久留米市本町3-9-1-503