【インタビュー】漫画家・赤松健に聞く 漫画文化の将来、メガヒット作品が生まれる環境を守るためには

2020年12月4日

漫画家の赤松健さん

 

 『ラブひな』『魔法先生ネギま!』『UQ HOLDER!』などの作品で知られる人気漫画家の赤松健さん。絶版した漫画作品などを作者・権利者の許諾のもと無料公開している電子書籍サイト「マンガ図書館Z」の運営会社Jコミックテラス・取締役会長、日本漫画家協会の常務理事や創作関連ロビイストとしての顔もあわせ持つ。

 

 超党派の「マンガ・アニメ・ゲームに関する議員連盟(MANGA議連)」が、政府に海賊版対策などを要望するため、10月22日に官邸を訪問した際にも同席するなど、多方面で活躍している。「マンガ図書館Z」の現状、「MANGA議連」の提言、著作権法改正による海賊版サイトの対策強化、新型コロナウイルスの影響など、漫画文化の将来について話を聞いた。

 

【鷲尾昴】

 


 

進む電子メディア 時代が「マンガ図書館Z」に追いついた

電子書籍サイト「マンガ図書館Z」(https://www.mangaz.com/

 

 ――絶版作品を広告付きで公開し、作家に還元する「マンガ図書館Z」のビジネスモデルは高く評価され、「電流協アワード2020」の大賞を受賞しました。2010年に「Jコミ」としてスタートし、「絶版マンガ図書館」等の改称を経て、現在は「マンガ図書館Z」となっていますが、立ち上げ当初と現在で、どのような変化が起こりましたか。

 

 サービスを開始した当時、もう10年前になりますが、絶版漫画を広告入りで無料公開する取り組みはものすごい衝撃をもって迎えられました。しかし、今となっては同じようなことをしている出版社もあり、普通のサービスとなっています。

 

 電子透かし入りPDF販売や吹き出しの自動翻訳など、独自の機能もありますが、時代が「マンガ図書館Z」に追いつき、珍しいものではなくなりました。

 

 YouTubeや国会図書館と絡めていく取り組みや、そのほかにもニューアイディアを投入していきたいと思っていますが、漫画家としてだけではなく、創作活動を守るためのロビー活動や、漫画家協会では法律関係の実務も担当しているため、なかなか時間が取れていません。

 

 ――「マンガ図書館Z」のアプリ提供が今年10月に終了しましたが、どのような理由からですか。

 

 実は私の作品である『ラブひな』の10巻が、プラットフォームの審査でアウトと判定されてしまったのです。また、Appleがオペレーティングシステム「iOS14」をリリースし、それに伴って技術的なメンテナンスが必要となることからアプリ提供は終了しました。

 

 『ラブひな』さえも表示できないアプリのメンテナンスを続けて行く気にはなれませんでしたし、サービスそのものはブラウザで利用することができます。

 

 プラットフォームを運営しているのは海外企業ですが、彼らは向こうの価値観で審査を行い、リジェクトしてきます。文化の違いだとは思いますが、エロに対してはとても厳しく、即座に削除されてしまいます。しかし、その割に海賊版漫画アプリの削除は対応が遅いです。

 

文化の保護 政府として国内・海外の海賊版対策に注力を

 

 ――超党派の「MANGA議連」が10月22日、政府にコミックマーケットの開催支援や海賊版の対策強化、「メディア芸術ナショナルセンター」新設などを提言する要望書を提出しました。日本漫画家協会の常務理事として赤松さんも同席されていましたが、議連や政府に何を期待していますか。

 

 漫画家協会としては、とにかく海賊版対策です。海賊版の漫画ビューアサイト「漫画村」をはじめ、いくつかのリーチサイトは既に閉鎖されていますが、国内だけでなくベトナムなど、海外サーバによる被害は現在も続いており甚大です。国レベルで海賊版対策に注力してほしいと働きかけています。

 

 また、新型コロナの影響で開催が困難となっている同人誌即売会「コミックマーケット(コミケ)」支援についてですが、全ての商業漫画家が、二次創作を公認したわけではありません。

 

 クリエイターが育つ場所でもあり、好意的に見られることが多くなっているのは事実です。私もコミケ出身なので、コミケを嫌ってはいませんが、出版社が二次創作にお墨付きを与えたという誤解はしないでほしいです。

 

 漫画やアニメなどの資料を保存し、その活用を目的とした「メディア芸術ナショナルセンター」ですが、国がクリエイターの貴重な資料を丁寧に保管・展示して、国内だけでなく海外にも日本のアニメ・漫画の文化をアピールし、できればマネタイズできればいいと思っています。首相も都知事もコスプレをする時代なので、こうしたものを日本の売りにしていくのはいいことです。

 

 ――赤松さんは以前から表現の自由を守るためにロビー活動に取り組まれていましたが、政治家からはどういう反応をされることが多いのですか。

 

 最近の政治家は学生時代に漫画を読んで育った世代が多くなってきました。自分が漫画を読んでいなくても、子どもが「週刊少年ジャンプ」を読んでいるなど、好意的に迎え入れてもらえます。

 

 すごくよく話を聞いてもらえるので、わいせつ表現や残酷描写の規制にばかり注力せず、漫画の発展に協力してくれることを望んでいます。

 

 ――改正著作権法が成立し、海賊版サイト対策として今年10月からリーチサイトの規制が始まり、来年1月には侵害コンテンツのダウンロードが違法化されます。海賊版は撲滅されていくと思いますか。

 

 今回のリーチサイト規制は評価しています。しかし、私が確認したところ、残念ながら一番大きな海外のリーチサイトはまだ潰れていませんでした。一方で国内サイトはいくつか閉鎖しています。

 

 来年1月からは、サイト運営者だけでなく、違法と知りながら侵害コンテンツをダウンロードしたユーザーも処罰の対象となります。そこである程度決着が付くのではないかと期待しています。ただ、それも侵害コンテンツを直接ダウンロードするタイプに限った話で、侵害コンテンツをストリーミングで閲覧するブラウザ型は解決できません。

 

 サイトへのアクセスを遮断する「ブロッキング」が有効ですが、そこまでするのは私もどうなのだろうと強い抵抗を感じます。ユーザーに海賊版サイトであることを警告する「アクセス警告」という方式もありますが、こちらは効果があまり見込めません。

 

 一番好ましい海賊版対策は、オフィシャル版のサービスを圧倒的に安く、そして使いやすくすることです。ただ、電子書籍に関してはいろいろな意見があります。正規品を安くすれば海賊版に手を出すユーザーはいなくなりますが、作者や出版社に十分な利益が回らないなどの課題があります。

 

 ――新型コロナによる巣ごもり需要などで、特に漫画の電子書籍は伸びています。電子コミックについてはどう考えられていますか。

 

 紙に対する愛着はありますが、電子ですごく収益が上がって喜んでいる作家は非常に多いです。ですが、電子だけの単行本っていうのは寂しいので、紙の本になることを作家は望んでいると思います。だから、同人誌を売るコミケも無くならないわけです。

 

 電子書籍の会社を起業していますが、個人的には電子書籍は好きじゃないです。ロマンのある紙のほうが好きです。

 

大ヒットを生み出す夢のあるメディア

漫画を「夢のあるメディア」と語る赤松さん

 

 ――今年は『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴)が社会現象となり、数年前には『進撃の巨人』(諫山創)が大ヒットするなど、漫画業界は活況ですが、人気コンテンツが生まれやすい土壌なのでしょうか。

 

 コミックは映画やアニメなどと違って、初期投資が安く済みます。いろいろなアイディアをすぐ具現化できて、量を試せます。今は映画やアニメもたくさん出ていますが、漫画ほどの量は試せず、冒険することが難しいのだと思います。そうしてみると、漫画は簡単に冒険できるのに、メガヒットも飛ばせる夢のあるメディアです。

 

 ――新型コロナについて、漫画制作にどのような影響がありましたか。

 

 現在、別冊少年マガジンで『UQ HOLDER!』を連載しています。制作現場の赤松スタジオはフルリモート体制で、アシスタントは5人いますが、誰も来ていません。電話などはしますが、アシスタントのうち2人はもう3年ほど会っていませんし、残りの3人も半年会っていません。

 

 それでも成り立つのは、液晶タブレットで描くデジタル漫画だからです。紙だとそうはいきません。コロナ禍が始まる前から、Googleドライブに背景やコマのデータを集めて再構成し、完成した原稿もネットで出版社に送信してしまうので、編集者も制作現場に来ることがありません。コロナ禍の前でも年末のパーティーくらいでしか編集者とも会っていませんでした。

 

 それでも不自由はしません。こういうことができるのは漫画家ならではかもしれません。なので、私は新型コロナの影響がまったくなかったです。こういう作家さんはすごく多くて、しかも巣ごもり需要でコミックが好調で、もちろん苦労している作家もいると思いますが、漫画家は比較的被害が少なかった業種です。

 

グローバルに迎合せず、日本の表現の強みに

 

 ――漫画アプリで配信されている縦スクロールでオールカラーの中国・韓国系の電子コミックが注目されています。日本漫画のライバルとなるでしょうか。

 

 カラーイラストの実力については、日本が抜かれたかもしれないと思えるほど拮抗しています。ただし漫画となると、その内容に関してはまだ日本のほうが上です。もちろん、ここ10年くらいのうちに抜かれる可能性はあります。

 

 海外は強い表現規制があるのに対し、日本は規制が緩やかなので画期的なアイディアや過激な表現が生まれやすいのです。中国や韓国の作品はマニュアルを真似て上手なのですが、『鬼滅の刃』や『進撃の巨人』など読者に広くインパクトを与える作品は少ないと思います。

 

 また、縦スクロールですが、「LINEマンガ」や「ピッコマ」は、縦スクロール推奨をしていますが、作家として大きく見せたいところと、流してほしいところのメリハリが付けにくいです。ページをめくる漫画のほうが場面をアピールしやすいです。

 

 YouTubeの動画と同じで、ストーリーがフラットに伝わっていくみたいな印象があって、私が買うとしたら縦スクロールよりも、めくり漫画です。ただ、四コマ漫画など縦スクロールに合ったものもあるので、ジャンル次第だとは思います。 

 

 ――漫画の将来についてはどう感じていますか。

 

 こんなに元気のいい業界はないと思います。電子書籍の時代にうまく乗って、メガヒット作が次々と出て、国民みんなで盛り上がって社会現象にもなる。アメリカン・ドリームならぬジャパニーズ・ドリームを体現しているような業界です。これからもどんどん新しい才能が来ます。

 

 たくさんの作家が初期費用の安い漫画でさまざまな挑戦を行い、その中でヒットした作品がアニメ化・舞台化を経て、世界に飛び立っています。このシステムを維持するための努力をしていきたいです。

 

 これを阻害する要素は、海外に進出するのだからグローバルスタンダードに合わせようとして、日本漫画を海外向けの内容に変更してしまうことです。それは韓国や中国が上手くやっていることなので、そうした輸出品はおそらく負けてしまいます。

 

 日本で盛り上がった作品を、世界の人たちにちょっと見せてあげる。世界の方から日本へネット経由で見に来る。そういう形が理想です。上から目線みたいですけど、日本主導で世界を総オタク化していくべきです。日本を世界にアピールできるやり方としては、これが一番なのではないでしょうか。