河出書房新社 第57回「文藝賞」贈賞式、藤原無雨『水と礫』に授賞

2020年12月14日

藤原無雨氏(左)と新胡桃氏

 

 河出書房新社は11月13日、第57回「文藝賞」の贈賞式を東京・港区の明治記念館で開き、受賞作に決まった藤原無雨(ふじわら・むう)著『水と礫』と、優秀作に決まった新胡桃(あらた・くるみ)著『星に帰れよ』に贈賞した。

 

応募総数は過去最多

 

 今回の文藝賞は、応募総数が2360作で賞開始以来最多の応募があった。過去最高となる応募総数2360編。そのうち73%が初めて受け付けたインターネット経由での応募で、応募者の最年少は14歳、最年長は89歳だった。

 

 贈賞式には、選考委員の磯﨑憲一郎氏、島本理生氏、穂村弘氏、村田沙耶香氏が順に登壇。選考にあたっての思いや、小説家としてデビューを飾った2人へのエールを送った。

 

 彼らの激励を受け、登壇した藤原氏は「面白い本は、世の中になんぼでもある」と、古典をはじめとして実に多くの本がすでに存在するなか、毎年新たな作家、新たな作品が生み出される意義を強調。

 

 そのうえで、「古典は素晴らしいが、何かを取りこぼしている。その何かをすくい上げて表現するのが、現代作家の書く小説だ」として、「その取りこぼされている何かを見極めて、『これです』と皆様にお見せできるような作家でありたい」と語った。

 

 一方、高校生の新氏は、以前自分の部屋に飛んで来た「ぎこちない軌跡を描きながら、壁や机にくっつくというよりは、ぶつかるふうな格好で、ボテボテと動く」やたらと大きな虫を通して、「生き残ることについて、たまに考える」ことを明かした。

 

 その虫は友人に踏まれて息絶えたが、「ザクリと割れた彼女の腹からは、たくさんの卵らしきものが生まれてきた。それをよく覚えている」と話した。そして、「どこまでも貪欲でずうずうしく、しぶとく、泥臭く汚く、不器用に生きている数々の人間にいつも胸がキュンとなってしまう。だからこそ、そうした愛おしいものを書きたい」と語った。

 

 あいさつした河出書房新社・小野寺優社長は、今回の受賞作に接した時その味わい、手触りを「こんなものは読んだことがないぞと感じた」ことを明かした。「これまで読んだことがなく、しかも文学でしかできない表現を真摯に問うている感じが非常に魅力的だった」と評価した。

 

 また、「コロナ禍では、感染症対策などの実用書に限らず、現実からまったく違うところに連れて行ってくれる文学作品も年新たな作家、新たな作品が生み出される意義を強調。多くの人に求められていた。不要不急が言われる状況ではあるが、だからこそ文学が必要とされる現実がそこにある」と強調。

 

 「そうした時にあって、新しい才能に出会えることは文藝賞をやっていての喜び」と語り、前回受賞者の遠野遥氏が第2作『破局』で芥川賞を受賞、宇佐見りん氏も受賞作『かか』で三島由紀夫賞を受賞したことを紹介。「藤原氏、新氏にもここからさらに面白い作品を、たくさん新しい世界を見せていただきたいと心から願う」と締めくくった。