関西発 出版業界新春寄稿
地域の出版文化を絶やさぬために
北大阪急行(御堂筋線)の緑地公園駅近く、大きな公園側の住宅街で古本屋を営んでいます。「何故この場所なのか」とよく聞かれます。そこには「何故大阪市内ではないのか」、「駅前ではないのか」、「繁華街ではないのか」、というニュアンスを含んでいる。
住まいが北摂なので比較的通い易い千里中央周辺か、人の集まる大阪市内(主に梅田、淀屋橋、中津周辺)で物件を探しましたが、結局は緑が多く落ち着いた環境で仕事の出来る今の場所を選びました。もちろん家賃のこともありますが、理由としては先に挙げた環境が大きい。もうすぐ7年経ちますが、この場所を選んで良かったと思っています。
人通りはまばらですがその分静かですし、新御堂筋がすぐ側を走っているとは言え、それほど交通の音に悩まされることもありません。駅から徒歩5分という立地も悪くない。お客様の半分以上は大阪市内を筆頭に神戸、京都、和歌山から来られます。目的を持ってご来店下さる方が多いのは当店の特徴かもしれません。通販で手軽に本が手に入る中で、遠方からご来店頂けるのは大変有難い。「良い場所ですね」と初めて緑地を訪れる方の多くが言われます。
もう一つ大きな特徴として当店は妻の運営する花屋も併設していますが、それはまた別の機会に。仕事の喜びについて話したいと思います。個人的な小さな繋がりから大きな波紋が広がることがあり、そこに私は面白みを見出しています。
先に古本屋と書きましたが、実は本棚の3割は新刊です。ある日、岡野大嗣さんという歌人の方が「短歌を書いています、良かったら読んでみてください」と自著を持って来られました。その頃、私は詩の本に注力しようしていたところでしたが、短歌は全くの門外漢。内心「ここで売るのは難しいな」と思っていました。
ただ、彼が私と同世代であったことと、その本のタイトルが気になり興味を持ちました。「サイレンと犀」(書肆侃侃房)。これはあるイギリスのシンガーソングライターの「silent sigh」という曲のタイトルをもじったものです。
書店を始める前は音楽にどっぷりの生活を10年ほど続けていたのですぐにピンと来ました。読んでみると惹きつけるものがある。たった31文字でこれほどに世界を鮮やかに描写出来るのかと驚きました。世界の見方が変わる、というよりも世界を構成する細部を自分は全く見ていなかったのか、と考えさせられました。
この本は彼の第一歌集ですが、地道に売れ続け、2019年に発表した第二歌集「たやすみなさい」(書肆侃侃房)は、当店ではイベントの甲斐もあって500冊ほどを売り上げました。「たやすみなさい」は全国的な広がりを見せ、今では短歌の本としては異例の累計一万部。岡野さんは詩人の谷川俊太郎と共著を出すまでになりました。彼は店の近所に住んでいて時々お店に遊びに来てくれます。
私がここで言いたいのは、先見の明があったということではなく、この小さな店での些細な出会いが波及していく、その過程が面白い、ということ。本が売れるのはもちろん嬉しいし、岡野さんの名前が知れ渡っていくのはもっと嬉しい。こういう本や人との出会いが何度かありました。
データや社会の動きから本を仕入れるのではなく、個人的な一対一の関係から生まれる本の流れ、というものがあり、この関係は個人店ならではのもの。
ここに商売の面白みがあるのではないか、と思います。面白い、嬉しい、というのは幼稚な感情ではなく、店を続けていく上で大事な感情だと捉えています。損得勘定だけでは続かない。自分がいかに心地よいと思える環境で仕事をし、面白い人との出会いがあるか(引き寄せるか、と言ってもいいかも知れません)、それは仕事の喜びを得る上で大きな要因です。身体が動く限りこの商売を続けたいと思っています。