作品社は、死刑確定囚たちの赤裸な実態を書いた小説『宣告』や、東京を舞台にした自伝的大河小説『永遠の都』などを著してきた作家・加賀乙彦さんの長篇小説全集の刊行を、5月から開始する。著者の最終校訂を経た全18巻を、3カ月ごとに1、2巻ずつ刊行していく予定だ。同社では、「長い作家人生の中で、生涯をかけて書いてきた長篇小説を、『紙』の本としてしっかりと残したい」という加賀さんの強い思いを受けて、今回の全集の刊行を実現させた。
【増田朋】
『フランドルの冬』から『永遠の都』『雲の都』など
加賀さんの多数の著書の中から、「リアリズムとフィクションを接合して築きあげた独自の長篇小説の世界」を全18巻に集成する。
長篇処女作の『フランドルの冬』(芸術選奨新人賞)や『帰らざる夏』(谷崎潤一郎賞)、『宣告』(日本文学大賞)、『湿原』(大佛次郎賞)、『永遠の都』(芸術選奨文部大臣賞)、その続編の『雲の都』(毎日出版文化賞特別賞)といった豪華なラインナップだ。
全集の刊行にあたり、加賀さんは「日本の小説家である以上、日本の現実と自分の小説の世界が、たとえフィクションであろうと、きちんと接合していなければならない。そういう形で私は、実際の世界とフィクションの世界をずっと生きてきた。その結晶が今回の全集だ」といったコメントを寄せている。
全集の編集担当である作品社の増子信一氏は、書籍『加賀乙彦 自伝』(著者・加賀乙彦、ホーム社、2013年発売)の制作時から加賀さんとの付き合いが続いているという。加賀さんと話す中で「最近、自分の作品がデジタルでは読めるものの、紙で読めなくなってきているのは、やっぱりさびしい」と、作家人生をかけて書いてきた長篇小説の魅力を、もっとたくさんの人に伝えたいという強い思いを聞いた。
増子氏は「この4月で92歳になられた加賀さんは、戦後の長篇作家の中でも希有な存在。彼の本をきちんとまとめたい」と考え、2人で全集づくりを進めてきたと明かす。
第1回配本は『錨のない船』
5月17日の第1回配本は、戦争に翻弄される外交官一家の肖像を描いた歴史長篇『錨のない船』。同書は「加賀さんにとって、とても“大きな”本。読み直しもずいぶんとされ、手を入れたりしている。今の時代、まずこの本を読んでもらいたいという強い希望があった」という。第2回配本以降は、基本的に編年体となる。
全集の刊行を機に、「特に戦争を題材にした長篇小説などは、今の若い人たちにも読んでもらいたい。ただ、こういったハードな本は(書店などで)手に取りづらいかもしれない。例えば、図書館などに置いていただき、手にとってもらえたら、うれしい」と期待する。
また、「いわゆる古典というのは、その時代環境で読み方が変わってくる。そういう意味でも、今の時代にも耐えうる作品がそろっている。全集という形で打ち出すことで、昔の読者、新たな読者それぞれの読む意欲を喚起できれば」と話している。
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□「加賀乙彦 長篇小説全集」(全18巻)=四六判上製・カヴァー装/各巻平均520㌻/定価・各4180円/全巻揃い定価・7万5240円
各巻のタイトルは次の通り。カッコ内は刊行予定の年月。
①『フランドルの冬』(21年8月)
②『荒地を旅する者たち』(21年11月)
③『帰らざる夏』(22年2月)
④『宣告 上』(22年5月)
⑤『宣告 下』(22年5月)
⑥『錨のない船』(21年5月)
⑦『湿原 上』(22年8月)
⑧『湿原 下』(22年8月)
⑨『高山右近/ザビエルとその弟子/殉教者』(24年11月)
⑩『永遠の都 一 岐路』(22年11月)
⑪『永遠の都 二 小暗い森』(23年2月)
⑫『永遠の都 三 炎都 上』(23年5月)
⑬『永遠の都 三 炎都 下』(23年5月)
⑭『雲の都 一 広場』(23年8月)
⑮『雲の都 二 時計台』(23年11月)
⑯『雲の都 三 城砦』(24年2月)
⑰『雲の都 四 幸福の森』(24年5月)
⑱『雲の都 五 鎮魂の海』(24年8月)