資生堂とアクセンチュアは5月11日、合弁会社「資生堂インタラクティブビューティー」を7月に設立することで合意したことを発表した。アクセンチュアは4月1日にも住友化学との合弁会社を設立し、日本IBMとJTBも観光業界のデジタル・トランスフォーメーション(DX)推進を目的に同4月1日に合弁会社を設立している。今回は、DX推進を目的とした国内企業による合弁会社設立の背景と、デジタル広告に与える影響を検討したい。
資生堂は昨年8月、2020年第2四半期の業績発表の場で2023年までに広告媒体費の90%以上をデジタルへシフトすると表明し、業界関係者を驚かせた。アクセンチュアとの戦略パートナーシップは今年2月の中長期経営戦略と同じタイミングで発表され、合弁会社設立合意のリリースが2021年第1四半期業績発表の前日であることから、資生堂にとってアクセンチュアとのパートナーシップがいかに重要な戦略であるかが窺える。出資比率は資生堂が過半を占める。
一般にIT企業と事業会社との合弁会社は、出資比率の過半がIT企業であり、事業会社はシステム子会社を売却してコストを削減するというのがセオリーと考えられている。日本IBMとJTBが設立した「I&Jデジタルイノベーション」はその典型であり、出資比率は日本IBMが65%、JTBが35%である。このセオリーに逆行する資生堂はアクセンチュアに何を期待しているのだろうか。
まず、アクセンチュアとの共同出資に先鞭をつけたのは、ファーストリテイリングである。ファーストリテイリングはアクセンチュアと合弁会社を設立した2015年を「DX元年」と銘打ち、現在多くの日本企業が着手し始めたDX施策を5年前から開始している。アクセンチュアとパートナーシップを組んだ企業に共通する目的は、新たなデジタルサービスの開発と、デジタル人材の育成によるデジタルマーケティングの内製化である。アクセンチュアは資生堂に対しても、新会社とは別にデジタル・IT分野のトレーニングプログラムをカスタマイズして提供することを表明している。
Droga5が東京オフィス開設
もっともアクセンチュアへの期待はDX推進だけではない。アクセンチュアがもつ4つの事業ドメインの一つが、「アクセンチュア インタラクティブ」という世界最大のデジタル広告エージェンシーである。米国Ad Age誌が発行する「Agency Report 2021」では、2020年の全世界および米国におけるエージェンシーやエージェンシー・ネットワーク400社以上の売上高のなかで、6年連続首位を記録している。
2019年には、AmazonやFacebookをクライアントに抱えるクリエイティブ・エージェンシー、ドロガファイブ(Droga5)を傘下に収めたことで、広告業界の地位を決定的なものにした。
そのDroga5が、5月19日にアジア初の拠点として東京オフィスを開設した。東京オフィスのチーフクリエイティブオフィサーには、TBWA HAKUHODO(博報堂のジョイントベンチャー)でグローバルクリエイティブディレクターを務めていた浅井雅也氏が就任した。
Droga5のアプローチは、まずブランドパーパスの設定から始まる。すなわちブランドが存在する理由を定義し、世の中にどのような価値を提供できるかを言語化する。そして、定義したブランドパーパスを起点に、一貫性のあるアクションを展開する。
アクセンチュア自身も買収したDroga5の力によって、昨年過去10年間で最大となる抜本的なブランド変革を行い、企業としての新たなパーパスを定義した後、9000万米ドルという年間広告予算の約3倍のキャンペーン費用をかけて自社の世界観を訴求した。
資生堂は、そのパーパス・ドリブンの世界観に魅了された会社の一つなのかもしれない。魚谷社長は、アクセンチュアをパートナーに選定した理由として、企業の価値観の近さを挙げている。恐らく今後の資生堂のデジタル広告は、ブランドパーパス起点の一貫性ある世界観が形成されることになるだろう。
クッキーレス時代の企業がDXを通じて獲得したいのは、一義的には自社プラットフォーム構築の内製化に関わるデジタル人材およびリテラシーであることに間違いはない。しかし、最終的な意思決定に影響を与えるのは、パートナー企業が提示するパーパス・ドリブンの世界観ではないだろうか。
【水巻リカ】