毎日新聞出版は6月21日、阿部和重氏の最新長編『ブラック・チェンバー・ミュージック』を発売し、刊行記念のオンライントークイベントを7月14日に開催した。代官山蔦屋書店主催のオンライン配信イベント「代官山文学ナイト」で動画が配信され、対談相手は作家・評論家の佐々木敦氏が務めた。阿部氏は新聞連載中の執筆秘話や作品に込めた想いを語った。
同書はアメリカと北朝鮮の緊迫するリアルな国際情勢を背景にくりひろげられるスリルと「愛」の物語。2019年8月から20年12月にかけて「毎日新聞」で掲載されていた新聞連載小説を単行本化したもの。伊坂幸太郎氏との合作『キャプテンサンダーボルト』、『シンセミア』『ピストルズ』に連なる神町三部作の完結篇『Orga(ni)sm』(オーガニズム)など、斬新な話題作で注目を集めてきた阿部氏の新たな代表作だ。
リアルとフィクションが同じ紙面に載る面白さ
新聞連載小説が始まろうとしていた当時、阿部氏はトランプ大統領と金正恩氏の首脳会談が行われると聞き、誰よりも早く小説の題材にしたいと考えた。
新聞はその時々に起こった時事を扱うメディアであることから「新聞での連載中に米朝首脳会談にまつわる記事が掲載されるかもしれない。ニュース記事とそれを題材にしたフィクションが、同じ紙面に載るのは今まで試みられてこなかったはずだ」と着想を語った。
前作の『Orga(ni)sm』でも国際情勢を深く絡め、それ以前に執筆した短編においても現実とリンクさせた作風だったと経緯を説明し、新聞小説を初めて連載するにあたって、北朝鮮と各国のセンシティブな国際関係を背景とした小説を書いたという。
阿部氏は「インターネットが登場し、情報社会化したことで、ネット上の情報に触れることが増えていった。現実社会が記事化され、イメージ化され、ネットに投稿されるという段階を経て、私たちは情報を受け取っている。情報と情報の隙間から見えてくるものを物語化していきたいと思っている」と述べた。
そのうえで「情報社会のリアリティから想像できる新たなフィクションをどのように小説にまとめるかが自身のテーマであり、作家としての課題だ」と話した。
また、佐々木氏に次回作の構想を聞かれて、「準備は進めており、年内には取りかかりたいと思っている。神町シリーズは『Orga(ni)sm』で完結したが、同時に始まりともなっている。それが今作の『ブラック・チェンバー・ミュージック』につながった。佐々木さんが編集長を務めている文学ムック『ことばと』に掲載した短編は、次の長編作品に連なっていく。ユニバースはスタートしている」とほほ笑んだ。