日本でもっとも早く電子書籍配信サービスを開始したパピレスは1995年の創業以来、電子書店「Renta!」をはじめとした電子書籍配信サイトの運営、海外向け電子書籍配信などの事業を展開している。
2020年10月には電子書店「パピレス」と「犬耳書店」を「Renta!」に統合すると決定し、自社サービスを統一化するとともに、取り扱うコンテンツを拡充。現在、出版社650社以上と直接契約を結び、取り扱うコンテンツは48万作品にのぼる。
海外の電子コミック需要を見据えて、20年1月から電子取次事業も開始した。国内外を問わず電子書籍の利用が増加していく中での事業戦略、日本のコンテンツをどのようにして世界へ送り出すのか、パピレス代表取締役社長の松井康子氏に取材した。
老舗の電子書店、日本で最初の電子書籍配信サイト
――他の企業に先駆けて、電子書籍配信サービスを展開してきたパピレスの歩みについて教えてください。
弊社は1995年に電子書店「パピレス」をパソコン通信で開始し、96年にインターネット、2003年に携帯電話、その後はスマートフォンに最適化した形でサービスを展開し、日本で最も早くトータルな電子書籍配信サービスを手掛けてきました。
07年に電子書籍レンタルサイト「Renta!」をスタートし、こちらも当初はパソコンをメインとしていましたが、スマホやタブレットの普及に伴って、どの端末からも利用できるストリーミング形式となりました。
一方でダウンロード形式の「パピレス」は小説や実用書などの〝文字もの〟がメインコンテンツで、レンタル書店の「Renta!」はコミックが中心でした。このほかにも、分冊形式で実用書が読める「犬耳書店」などを展開してきました。
そして、20年10月にブランド戦略やユーザーの利便性を考えて「パピレス」「犬耳書店」を「Renta!」に統合すると決定しました。今まで3つのサイトで、それぞれ購入していたコンテンツの履歴が1つのサイトにまとめられ、「Renta!」でコミックだけでなく、小説や実用書を閲覧し、1つの本棚で電子書籍を管理できるようになります。
どのようなサービスであれ、ネットビジネスはユーザーを集めなければ収益をあげられません。3つのサービスを1つにしたことで、集客に集中できるようになったのは大きかったです。「Renta!」は以前からテレビやネットで広告を展開し、認知度を高めていました。サービス統合によってレンタルだけでなく、コンテンツの購入も可能となり、利便性が高まっています。
また、購入したマンガの原作小説がすぐ読めるようになるなど、コンテンツ間の連動も可能となりました。
――取引している出版社は何社ですか。また、提供しているコンテンツ数を教えてください。
26年の歴史を持つ弊社は650社以上と直接契約しています。お預かりしているコンテンツ数は、単話売りなどもあるので、どのような数え方をするかにもよりますが、48万作品となっています。
電子書店「Renta!」 レンタルで新たな需要を喚起
――電子書店「Renta!」はどのような特色がありますか。ブランド戦略や集客・宣伝・販促の施策などをお聞かせください。
会員は20年の時点で700万人を突破しました。PR戦略においては1つの媒体だけに限っていません。今の時代は皆さんがSNSや動画、テレビといった多種多様な媒体と触れているので、テレビでのコマーシャルやウェブ広告など、たくさんの切り口があります。全体的な傾向を見ながら、販促や認知度を高めるために広告を展開しています。
また、21年4月から配信開始日に応じて「新作レンタル」「準新作レンタル」「レンタル」の順にレンタル価格が変動する新サービスを開始しました。配信から時間が経つにつれてレンタル価格がお得になっていきます。レンタルビデオをイメージしてもらえば分かりやすいと思います。
こうした広告宣伝と販売促進の強化で会員拡大と知名度向上、サービス改良に努めた結果、21年3月期の決算は売上高253億円、営業利益と経常利益は22億円となり、いずれも過去最高を達成することができました。
今後も「認知広告」「ターゲティング」「レコメンド」に注力し、特にAI技術等を活用してサービスの最適化に向けて改良を続けていきます。膨大なデータ分析と最新のAI技術により、ユーザーごとに最適なオススメ作品を表示し、利便性の向上を図っていく方針です。
レンタルサービスでニーズを掴む
――出版社が自社のコンテンツを「Renta!」で展開する場合、電子書籍販売とレンタルでは個別の契約が必要となりますか。
レンタルの場合、通常の電子書籍販売とは別個の契約を結ぶことになります。もちろんレンタルが難しい場合は、電子書籍販売のみの契約を結ぶことも可能です。こちらに関しては出版社の考え方次第ではありますが、レンタルでも利用できるほうがユーザーから喜ばれます。
レンタルした後でも料金の差額を支払うことで、購入に切り替えることができます。なので、利用料の安いレンタルがあると購入が減ってしまうという懸念はありません。
作風を確認できるので、レンタルはユーザーから好評なサービスです。コンテンツを読んでいただく機会が増え、購入までのハードルを下げる効果があります。ちょっと読んでみてから、面白そうだと感じて購入にいたるユーザーはたくさんいます。
また、所有したくないというニーズもあります。ユーザーの購買力にも限界があるので、そうしたきっかけ作りと気軽にコンテンツに触れられるサービス作りを心掛けています。
――レンタルの場合、著作権料の扱いはどうなるのでしょうか。
レンタル利用でも著作権料は必ず著作権者にフィードバックされます。古本を中古書店で売買する際は著作権料が発生しませんが、電子書籍においてはそのようなことはありません。
多くの人に広めるきっかけを作ったほうが、コンテンツの流通がより広がり、お支払いできる著作権料も増えていきます。そういう面でも電子書籍の販売に加えレンタルを強くおすすめしています。
スマホ時代に適応、縦スクロール「タテコミ」「アニコミ」
――オリジナルレーベル「Rentaコミックス」や「タテコミ」についてお聞かせください。
自社のオリジナルコミックレーベル「Rentaコミックス」などを展開しています。21年1月にはテレビドラマと連動したオリジナル作品のコミカライズ版を独占先行配信するなど、積極的に特集企画を展開しています。
このほかにもスマホに最適化した弊社独自の方式「タテコミ」を提供しています。マンガをフルカラー化したうえでコマ割りも調整し、縦スクロールに再編成、スマホで読みやすいスタイルとしています。
スマホ特化の「タテコミ」 往年の名作をフルカラーで
――出版社が過去に刊行していたマンガを「タテコミ」にすることはできますか。
出版社が刊行していた往年のベストセラー作品をタテコミ化することも可能です。最近人気となっている『静かなるドン』(実業之日本社)は10年以上前の名作ですが、タテコミで若い人からも読まれるようになっています。
108巻にも及ぶロングセラー作品で、紙の本だとスペースをとってしまうため、リアル書店で全巻を置くのは難しいと思います。電子書店ならではの展開で、昔の作品を知らない若年層などのニーズを掘り起こせます。
また、タテコミ化にあわせてフルカラーとなるので、海外展開の際にも活用できます。海外では白黒だと読みづらく思われ、抵抗感があるようです。
コマ割りが上から下に読む縦スクロール表示なので、海外ユーザーにとって日本のマンガが読みやすくなるという利点もあります。今後も提携出版社から許諾をいただき、「タテコミ」の製作数を大幅に増やしていく方針です。
――このほかにもマンガにモーションと音声を加えた「アニコミ」も提供されていますね。
「アニコミ」もスマホでの視聴に最適化した弊社独自方式の縦型アニメーションコンテンツです。全編フルカラー&フルボイスで、キャストにはアニメや吹替えで活躍する人気声優を採用しています。19年6月に初回配信してから、今までに5作品をリリースしています。
21年4月には声優事務所「響」とのコラボレーション企画を実施し、「アニコミ」の新シリーズ『神様にスカウトされて異世界にやって来ました。―家電魔法で快適ライフ―』の配信を開始しました。これは弊社のオリジナル作品をアニコミ化したものですが、出版社のマンガをアニコミ化することもできます。
海外事業展開、英語圏と中国で直営サイトを開設
――海外事業についてお聞かせください。
10年以上前から海外事業を展開しており、英語版「Renta!」を11年にオープンしています。英語圏においての運営を強化するため、17年にアメリカで子会社「PAPYLESS GLOBAL INC」を設立。日本語から英語への翻訳も行っています。
アジアでは13年に中国繁体字版「Renta!(亂搭!)」を開始。台湾で設立した子会社「巴比樂視網路科技股份有限公司(パピレス台湾)」を14年に設立し、現地法人が運営をしています。18年には中国大陸向け電子書籍事業のため、香港で子会社「PAPYLESS HONG KONG CO LTD」を設立しました。今後は韓国でも海外配信サービスを行う予定です。
――海外の状況はいかがですか。
英語版「Renta!」と中国繁体字版「Renta!(亂搭!)」は毎年売り上げを伸ばしており、今期の売上高は10億円を超える規模に成長しています。
また、海外事業の伸長に伴い、以前は海外版の「Renta!」で日本のコンテンツを提供していくのをメインとしていましたが、直営サイト以外の海外販売サイトにも日本コンテンツを広げていきたいとの要望を受けて、海外向け取次サービスを開始することになりました。
海外で電子コミックの販売を拡大していくため、19年7月にアムタスと電子取次会社アルド・エージェンシー・グローバル(AAG)を設立し、20年1月から事業をスタートさせています。
出版社の海外展開、全面サポート
――海外取次事業を担うAAGについて詳しく教えてください。
電子コミックの海外配信許諾を日本の出版社から取得し、主に英語や中国語に翻訳して、海外の販売サイトに提供しています。コンテンツ提供出版社は約120社、掲載作品冊数は1万冊を超え、販売サイトは20サイトに拡大しました。内訳は英語圏2サイト、中国本土3サイト、台湾15サイトとなっています(海外版「Renta!」などの直営店は除く)。
AAGが間に入ることで、国内出版社の海外配信に関わるさまざまな負担やリスクを軽減できます。配信許諾代行、翻訳サポート、支払い代行を請け負っています。
また、海外展開において翻訳はもっとも重要な要素だと思っています。日本のコンテンツはとても魅力的ですが、外国人で日本語を読める人はほんの僅かです。内容が世界に通じるほど面白くとも、日本語が読めないと楽しむことができません。翻訳によって母国語で読めるようになれば可能性は広がります。
実はまだ海外の市場は育っておらず、無いに等しい状態です。アニメは海外でも認知度が高まっていますが、配信されている作品数は少なく、海外展開できるのは有名な人気コンテンツに限られてしまいます。
弊社が目指しているのは、もっと身近な日本のコミックを海外の人にも楽しんでもらうことです。そのために翻訳作品を増やしていきたいと考えています。
ネイティブの翻訳チーム、クオリティを担保
――翻訳はネイティブの専門家が行うのですか。
弊社では海外事業部の翻訳チームが現地の言葉に訳していますが、ネイティブの厳格な翻訳チェック体制でクオリティを担保しています。とにかく重視しているのは翻訳の質です。正しい翻訳であるのは大前提で、文化の違いを踏まえたうえでニュアンスが伝わっているか、マンガの良さが失われていないかが大切です。
エージェントに一任してる出版社が多いのかもしれませんが、弊社は翻訳作品のクオリティを担保することにリソースを割いています。クオリティが低いとユーザーに購入する価値がないと判断されてしまうからです。特にマンガの翻訳においては、日本独自の表現やローカライズに関する専門的なノウハウが必要になります。
――海外の電子出版市場に参入していく中で、どのような方針を立てていますか。
海外のマンガファンの中には、残念ながら海賊版に手を出している人もいます。しかし、海賊版は正規の翻訳ではないので表現が洗練されておらず、本当のストーリーを楽しむことはできません。また、ファンとして正規の商品を購入し、きちんと著者に利益を還元したいという想いもあるようです。
そうした観点からも翻訳の重要性は高いです。また、日本語から英語に正しく翻訳することで、英語からフランス語、スペイン語、ポルトガル語など、他言語への展開が容易になります。
海外の配信先を増やしていくことで、国内の電子出版市場にとどまらず、将来的により大きな市場に成長する海外電子出版市場での事業拡大を目指す方針です。次世代のデジタルコンテンツを開発・制作し、魅力的な日本のコンテンツを世界中に広げていきます.
株式会社パピレス(英語表記:PAPYLESS CO., LTD.)
代表者:代表取締役社長 松井康子
所在地: 〒102-0094 東京都千代田区紀尾井町3-12 紀尾井町ビル
設立日:1995 年3 月31 日
資本金:4 億1446 万円
従業員:連結125 人(2021 年3 月31 日現在)
事業内容:電子書籍販売、電子書籍レンタル販売、電子書籍取次販売
H P:https://papy.co.jp/corp_site/
海外取次子会社:アルド・エージェンシー・グローバル株式会社(略称:AAG)