【電子書籍特集】拡大する電子出版 文字もの伸長を中小出版社も実感

2021年8月2日

 電子出版市場の拡大が続いている。7月日に出版科学研究所が発表した2021年上半期の電子出版は前年比24・1%増。25・9%増となった電子コミックが牽引する傾向は変わらないが、文字ものを中心とする電子書籍も同20・9%増と伸長幅が広がっている。21年年初には、時代小説の大家が電子化解禁を宣言。中小規模の専門書出版社も紙・電子の同時配信に取り組む動きがでている。電子図書館事業を営む事業者にも新型コロナ禍をうけて利用者増が続いている。各事業者を取材した。

 

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文藝春秋、佐伯泰英氏123作品一挙電子化

紙媒体も組み合わせたプロモーション

 

 21年1月、「居眠り磐音」「酔いどれ小籐次」をはじめ人気時代小説シリーズを数多く送り出している作家、佐伯泰英氏がついに電子化に踏み切ると宣言したことは大きなニュースになった。4月に文藝春秋から一挙に電子化されたタイトルは123作品。前代未聞の規模でのスタートとなった。

 

 佐伯氏の大きな決断を全面的に後押ししようと、文藝春秋は大規模なプロモーションを敢行した。まず既存の紙読者に電子版の認知を高めようと、紙媒体での情報拡散を行った。

 

 リリース当日の日本経済新聞朝刊に佐伯氏の文庫作品が電子解禁となったことを全面に打ち出した広告を出稿。さらに配信開始から2週間後に、地域を限定して新聞の折り込みチラシを入れた。

 

佐伯作品の電子化を伝える新聞の折り込みチラシ

 

 これまで佐伯作品に紙媒体で親しんでいる人にむけて電子ストアの紹介や購入の方法、各シリーズの概要をまとめたもので、「居眠り磐音」に縁がある大分、佐伯氏の読者に近い人が住んでいる可能性が高い世田谷区や横浜市の一部に配布した。

 

世田谷区や横浜市の一部で配布

 

 さらに、電子ストアでのメルマガ、広告を出稿。電子化記念の読者プレゼントとして、シリーズ表紙画のオリジナルカバーをつけた電子書籍端末や、全123点の電子書籍を一括で贈るなど紙と電子の両面での認知拡大をはかった。

 

 元々電子化が待ち望まれていた作家であることもあったが反響は上々で、電子書籍編集部の有馬大地部長は「発売開始から1週間で123冊すべてがダウンロードされた」と話す。

 

 SNSにはシリーズ単位の「居眠り磐音」51作品、「密命」25作品を一挙に購入したとの投稿もあった。さらに女性の利用者が多い傾向のある電子ストアでも顕著な数字の動きが確認できた。なお、佐伯氏には電子化を数年前から折々打診していたという。その流れで時間をかけて話をしているうちに興味をもってもらえたのが真相だそうだ。

 

 いまも電子化に取り組んでいないエンターテインメント系の人気作家は数多くいるが、彼らに対して「電子書籍の優位性や電子書籍にする意味は折にふれて説明さしあげている。『する』か『しない』かは著作権をもっている方の意向に最大限留意し、許諾を得てから」(有馬部長)が基本姿勢とのことだ。

 

 文藝春秋は数年前から基本的に全刊行物の電子化を推進している。紙と電子の同日発売もすすめ、かなりの割合になっているという。

 

 電子化について今後の方向性を有馬部長は「電子なりの特典や、電子に親和性の高い作品については、紙版よりも先行発売できるものはしていきたい。電子の親和性が高いものについては、電子なりの売り方が今後できていくといい」と次の展開を見据えている。

 

 


 

青弓社、紙書籍と電子同時配信開始

矢野氏「電子化で紙売れないは全くない」

 

 中小規模の青弓社は年3月から紙書籍と電子書籍の同時発売を始めた。理由は新型コロナ禍をうけての電子書籍の需要の高まりを身をもって感じたからだ。

 

 20年4月に1回目の緊急事態宣言で多くの書店が臨時休業になったことをうけ、青弓社もEC購入ができることを告知。そのなかで電子書籍への対応も必要ではないか、と営業部から強力な提案があった。

 

 同社の刊行物には大学の授業で採用されている教科書もあったが、大学は休校し大学生協も開いていない。学生は大学に行けなかったものの、教科書自体の需要がなくなったわけではないことを知らされた。

 

 同時に、紀伊國屋書店や丸善雄松堂など主に研究機関に強い電子図書館事業者からも電子化の提案があったことも後押しした。矢野未知生編集長は「教科書や紙の書籍を手にとることができない人にどのように届けるか。電子図書館の売り上げが伸びているから、これを機に電子書籍化を進めようと考えた」と話す。

 

 社内体制としても、時節柄直接書店に赴いての営業を控えることになったため、「マンパワーも割けるようになった」という。書店営業担当者が電子書籍のデータ入稿、配信管理、売上確認などを兼務している。

 

 電子化のスケジュールは、その月に刊行する紙書籍を全て下版した後に、まとめて電子書籍の製作を外部に依頼する。新刊は同社が加盟する版元ドットコムの電子書籍制作サービスを通じて、既刊は製作費などを考慮して他の電子書籍制作会社に依頼している。

 

 文字主体の刊行物なので、文字組みのレイアウトが複雑ではないこともあり、一時期に比べると製作費は驚くほど安くなっているという。1週間から10日ほどの製作期間後に、電子版を主要電子ストアにリリースする。

 

 21年4月以降、14点の新刊を配信。リリースしてからは反応がよく、電子化の製作費をすでに回収できている書籍も数点ある。直近で動きがいい書籍は21年3月に刊行した青弓社ライブラリーシリーズの1冊、『多様性との対話』。紙書籍でも重版し、電子図書館からも多く注文がきているという。

 

 並行して既刊も月2、3点ペースで電子化を進めている。既刊はウェブ書店との相性がよいもの、紙の売上実績が顕著なもの、大学で教科書採用があるものを優先している。既刊の電子化は製作費を短期間で回収するところまでは見込んでいないという。主に電子図書館向けの需要に応えることが目的で、販売価格は少し高めに設定することで製作費の回収を早める狙いもある。

 

 紙と電子書籍の同時配信を始めて約半年。「電子化したことで紙書籍が売れなくなることは全くないと確実に言える。紙の書籍で好調なものは電子書籍でも売り上げが伸びている。純粋に比例している」と手ごたえを感じている。

 

電子図書館からの注文も多い青弓社『多様性との対話』

 


 

TRC、電子図書館サービス導入199に

地域の独自資料や情報発信サポートも

 

 地方自治体に電子図書館サービスを提供する図書館流通センター(TRC)の導入実績は7月20日時点で199自治体まで伸長した。2010年度から導入をすすめて10年かけて76館だったが20年から急増、1年半でこれまでの実績が倍増した。

 

 理由はコロナ禍だ。公共図書館が緊急事態宣言で全国的に休館を余儀なくされ、非来館型サービスとして「電子図書館に光があたり、認知度があがった」とTRC電子図書館推進部の瀬尾俊二氏は振り返る。

 

 

 新型コロナウイルス感染症に対応した地方創生臨時交付金制度が創設され、「図書館パワーアップ事業」の枠組みで、自治体単位で予算を組めるという事情も導入を後押しした。TRCは既に導入している図書館の自治体に向けては、期間限定で無料でコンテンツを提供できることなどを改めて伝え、普及に努めた。

 

 コロナ禍以降、新規で導入した図書館は、タイプは県立図書館や、政令指定都市にある図書館、はては村単位まで様々。蔵書は2000~3000冊から始める図書館もある。特徴の一つは「それぞれの目的に応じた蔵書構成で電子図書館が使われている。規模や目的に応じて工夫をこらして導入している」ことだそうだ。

 

 明確に特定の層にむけてサービスを提供する自治体もある。21年4月にスタートした北九州市の「北九州市子ども電子図書館」は、児童書、学習支援教材、図鑑などに特化。広島県立図書館は、「青少年のための電子図書館」を謳った「WithBoksひろしま」を昨年開設し、読書を促す特集テーマを頻繁に企画している。

 

 TRCが提供する電子図書館サービスとして、各自治体が収集・発信する独自資料を提供するサポートがある。最初から豊富な蔵書数でスタートできる図書館は多くない。そこで「地域情報、コンテンツ、情報を発信するプラットフォームとしてつかうことを提案している」(瀬尾氏)。その図書館オリジナルでつくったPDF資料に加えて、動画、音声などのマルチコンテンツも組み込むことができる。

 

 茨城県筑西市の筑西市電子図書館は、東日本大震災に関連する資料を近隣自治体や被災自治体から収集し、公開している。それぞれの図書館が公開するオリジナルコンテンツについては、地域住民だけでなく全国誰でも閲覧できるようにしていることが多く、各電子図書館の豊かな個性につながっているという。

 

 「普通にミステリや実用書を読んだりするのも電子図書館の機能ではあるが、タイトル数が思うように揃えられないところで独自資料をつかって情報発信あるいは情報提供のプラットフォームとして活用されている」(同)

 

 現在、TRCが提供する電子書籍は9万タイトル。図書館からはもっと児童書をほしいとのリクエストがある。

 

 今後、GIGAスクール構想でタブレット端末が配られている子どもたちの読書環境として瀬尾氏は「児童書は重要なジャンルになる」と考えている。

 


 

ベネッセ「電子図書館まなびライブラリー」登録者114万人

読む・聞く・見る・参加する体験

平均月次利用者が20万人に達する「電子図書館まなびライブラリー」

 

 児童書の電子書籍サービスでも顕著な成果が見えている。通信教育、「進研ゼミ」の会員が好きなだけ電子書籍が読める「電子図書館まなびライブラリー」は15年からサービスを開始し直近の登録数は114万人にまで拡大している。

 

 新型コロナウイルス感染症拡大期の20年度では、平均月次利用者数は前年の約1・5倍の20万人の増加。貸出数も対前年で約1・9倍の延べ3500万冊に達した。

 

 利用のコア層は小学校高学年。個人で保有するさまざまなデバイスから閲覧できるが、ベネッセが「進研ゼミ」で提供するタブレット端末を自分から積極的に使うことができるのがこの年代あたりからだそうだ。

 

 閲覧できる電子書籍は約1000タイトル。電子コンテンツは岩崎書店、岩波書店、学研プラス、KADOKAWA、講談社、集英社、福音館書店、フレーベル館、文藝春秋、ポプラ社の10社が提供する。

 

 新しく入荷した本は原則半年掲載する。1カ月単位で入れ替えがあり、一度閲覧期間が終わった電子書籍でも、時期をあけて再度ライブラリーに入ることもある。出版社との契約で同時に複数アクセスがある人気書籍も「貸出中にならない」ことも特徴だ。

 

 読まれている本は小学生が「劇場版 鬼滅の刃無限列車編ノベライズ」や人気児童書「おしりたんてい」「かいけつゾロリ」シリーズ、中学生だと学研「5分後に意外な結末」シリーズなど。一般書店でもよく売れ、読まれている書籍が同様に貸し出される傾向がある。

 

 自発的な読書を促すための動機つけとして、電子図書館まなびライブラリーの責任者・五木田隆氏は「こちらから働きかけていく仕掛けも用意している」と話す。

 

 ログインするとその学年と利用者が読んだ履歴にあわせてお薦め本を提案する。また、読書にそれほど積極的ではない子どもには、ゲーム感覚で心理テストに答えていくとおすすめ本が紹介されたり、「ブックくじ」をひくとランダムで本がでてくる仕掛けもある。

 

 実は、「電子図書館まなびライブラリー」は単純に電子書籍を貸し出す電子図書館サービスではない。子どもたちが楽しんで読書に取り組めるように「読む」だけではなく「見る」「聴く」「参加する」の付加価値を提供している。

 

 コンテンツ提携しているディスカバリーチャンネルが提供する宇宙や恐竜などのグラフィック映像や、同じく提携する東映が提供する若手俳優が出演する映画作品なども視聴でき、身近なきっかけや関心から読書へ進めるように働きかけている。

 

 電子図書館のバーチャル空間と実物の書籍をリンクさせた企画も好評だ。「まなびライブラリー」収録の講談社「おばけずかん」シリーズでは会員から新たなお化けを募集、その優秀作品を、次のシリーズ作品のキャラクターに採用した。「選ばれた子どもたちも、参加した子どもたちにも大きな喜びになった」(五木田氏)。

 

 このような他社と組んだ施策を積極的にできるのは、出版社と頻繁に打ち合わせを重ねているからだ。「『まなびライブラリー』を利用する理由は何なのかをつきつめたときに、人気作や話題作を揃えていることは大事。だけど、僕たちにしかできないのは、取次会社さんを一切通さず、各出版社と直接密なミーティングをしていること。出版社の編集部との距離が近いし、その先にいる著者との関係も近い」と五木田氏は説明する。

 

 そこから、コンテンツを提供する出版社と、子どもたちの好きな作品の著者やキャラクターで子どもたちとコミュニケーションするには何をすればよいか。「出版社と僕たちにとってウィンウィン」の関係をつくることが継続的な成長につながっている。

 

 「まなびライブラリー」をスタートして7年目。利用する子どもたちから「読む冊数が増えた」「読んだことのないジャンルが読めた」などの感想が寄せられている。「読書そのものが成長していくことが出てきている」と五木田氏は手応えを実感する。

 

 「まなびライブラリー」は「進研ゼミ」会員向けサービスのため受講費以外にサービス利用料は徴収していない。ゆえに無条件に外部にサービスを拡大していくことには慎重とのこと。「子どもたち自身が成長を感じるような体験、機会をこれからもつくっていくこと」を根幹にしている。