【寄稿】ふるさとの味、おふくろの味 素朴だが忘れがたい「のっぺ」のとろみ(南雲智) 

2021年11月19日

 私のふるさとは新潟県上越市です。上越市は高田市と直江津市が合併したもので、私には新潟県高田市、直江津市の方がぴったりきます。それというのも私は生まれてまもなく父親の仕事の関係で直江津市の遠い親戚に家族で厄介になっていた時期もあってか、この二つの土地から私の身体に染み込んだ匂いがあり、それが私のふるさとの原点となっているからです。一つは稲の匂いで、一つは潮風の匂いです。

 

 そして食べ物で母親がよく作ってくれたが「のっぺ」でした。そのため、おふくろの味となると、やはりこの総菜が真っ先に思い浮かびます。

 

 季節の野菜(主に根菜)を一口大に切り、鶏肉などと一緒に煮込んだ醤油味の煮物で、家庭料理です。ただ一般的な煮物と大きく異なる特色があって、とろみがついている点です。この「のっぺ」に里芋は欠かせません。里芋によってとろみが生まれるからです。

 

 でも高田市から少し引っ込んだ山あい地域の生まれだった母親の「のっぺ」は、里芋だけでなく、葛などでさらにとろみをつけ、とろみがついた汁気が少し残る程度のものでした。母親は決して贅沢な食材は使わず、鶏肉ではなく竹輪が入っていることが多い素朴な総菜、それが我が家の「のっぺ」でした。

 

 後年、母親が亡くなってしばらくして新潟市に出張した折、郷土料理屋に入ったことがありました。むろんお目当ては「のっぺ」でした。ところがそれまで母親が作ったものしか知らなかった私は、その郷土料理屋のそれを見て、思わず「これが?」と驚いたことを覚えています。売り物なのですから当然でしょうが、高価な具材が使われた色鮮やかな一品だったのです。そして食べてみて「これは私が知るのとはかなり違う」と思わずにはいられませんでした。とろみが弱く(その後、新潟市など下越地域では葛などは加えないことを知りました)、イクラや鮭が入ったそれは私にとっては「のっぺ」ではなかったのです。

 

 こんな体験から私は母親の「のっぺ」に挑戦したことがありました。具材には季節の根菜、里芋に加えて、敢えて竹輪を使いましたが、困ったのはどのようにすれば、母親の醬油味になるかでした。私の味覚の記憶とでもいうものに頼るしかなく、自己流とならざるを得ませんでしたが、当時存命だった父親に試食してもらいました。「おお、のっぺか」と、父親にとっても懐かしかったのでしょう、見た目は及第点のようでした。しかし、そのあとの「何か違うな」は、母親のそれと比較しての言葉であったことは言うまでもありません。その後、何度か挑戦しましたが結局、母親の「のっぺ」は諦めました。

 

 〝私のふるさと〟は遠くに行ってしまったと高田に帰るたびに思うように、私にとっての〝おふくろの味〟ももはや味わえないのでしょう。でもそれだけに懐かしさだけはますます強くなっています。

 

(留学生就職サポート協会理事長、学校法人桜美林学園常勤監事 74 歳)