電子取次最大手のメディアドゥは、2021年に大手取次トーハンと資本業務提携し、リアルな出版物にデジタルコンテンツ「NFT*デジタル特典」を付ける新サービスを開始。さらに光和コンピューターとの提携で出版社に基幹システムを提供する事業にも参入した。前身の会社設立から25年目を迎え、「デジタルのメディアドゥから出版業界に貢献するメディアドゥに」と話す藤田恭嗣代表取締役社長CEOに、デジタル、リアルの両方で展開するサービスや海外展開など、同社の事業とその目的などを聞いた。
*NFT:Non-Fungible Token(非代替性トークン)の略称。ブロックチェーン技術を用いてデジタルデータに識別情報を持たせた代替不可能なデータ単位。
本や書店がコンテンツ流通のインフラになる
――今年は御社からいくつか大きな発表がありましたが、どんな年でしたか。
かなり重要な年でした。特にトーハンとの資本業務提携でスタートした「NFTデジタル特典」付出版物の提供と、NFTのプラットフォームである「FanTop」の開設が大きな動きでした。
これまでも他企業とのアライアンスは多くありましたが、トーハンとの提携は、我々のようなベンチャーには得られないような重みや、出版業界における存在感を得ることができ、我々だけではできなかった取り組みに着手することができました。
――「NFTデジタル特典」付出版物の売れ行きは良いと聞きますが、手応えを感じていますか。
写真集に関しては、「NFTデジタル特典」付きと通常版が出ましたが、特典付きの一部の写真集は予約販売で完売し、書店店頭でも品薄になり、お客様がそれを求めて書店を探し回っているような状況です。本と「NFTデジタル特典」の相性はすごくいい。「NFTデジタル特典」が付くことによって、出版物の売り上げ向上に貢献できている手応えを感じます。
メディア関係者や開発者などマーケットのイノベーターならNFTについて知っていますが、一般の人たちで理解している方はまだまだ少ない。この取り組みで多くの人にNFTを認知していただき、トーハンと一緒に、書店を活性化するビジネスを今後も新たに考えていきたいと思います。
NFTはコンテンツすべてに個別のシリアル番号が振られています。また、どのユーザーアカウントがどのコンテンツの保有権を持っているのかは、全て匿名のデータベースで紐づけられています。なので、特定のコンテンツを持っている人だけに特別なサービスを提供するといったことを考えることも可能になります。
この仕組みを利用したサービスを広く浸透させることができれば、デジタルとリアルのサービスをマージできます。書店がコンテンツ流通のインフラになるわけです。そうなれば、今まで書店になかったような本が並んで、書店に来ることがなくなっていた人たちが再び書店に訪れてくれるようになるでしょう。しかも、1500円で売っていた本が、付加価値が付くことで3000円になる。そうなれば、書店が得る利益も大きくなります。
――書店を活性化することも目的なのですね。
全国の書店には大きな価値があると思います。そこに来店する人々にとってもですが、図書館に対する供給も、学校に対する供給もそうです。
私が生まれた木頭村(現徳島県那賀郡那賀町)は過疎化が進み、現在は人口約1000人です。私が小学校3年生のときには、村に唯一あった書店が閉店しました。それによって、本に簡単に触れることができなくなりました。
他のお店や施設などと、書店に行くことの何が違うかというと、その奥に広がる英知を俯瞰できることだと思います。本をみてどんな内容か想像するし、中身について考えもします。いろいろなことを考えるので、滞在時間が長くなります。
私が出版社の方々からよく聞くのは、電子では漫画が売れる一方、雑誌や実用書などの文字ものコンテンツがなかなか伸びないということです。「会社全体としては電子書籍によって売上が伸びるものの、作品に偏りが生まれることが次の課題だ」と数々の担当者の方から聞いてきました。地域に書店というプラットフォームがあることによって、セレンディピティがあって、イマジネーションの力がつきます。それがなくなると、指名買いしかなくなることになります。
デジタルコンテンツは非常に利便性が高い一方で、私が出版社の方々の声を受けて危惧しているのは、リアルの書店がなくなってしまったら、デジタルでは売れにくい本を出版し続けて、利益を生み出し続けることができるのかということです。
電子だと、よく売れているジャンルの漫画でも、既刊本はなかなか売りづらい。電子書店のトップページは限られていますから、どうしても売りやすくてかつ利益が出る本が露出される傾向が強くなります。
ですから、本を売る窓口としてだけではなく、全国津々浦々でリアルに人間と英知が出会うプラットフォームとして、書店が繁栄する仕組みをつくっていかなければいけないと思うのです。その一つの可能性を、トーハンと一緒に提供できると考えています。
国外のNFTは二次流通で市場拡大
――NFTによって、お客さん同士でコンテンツの取引ができるようにもなりますが、そのメリットとデメリットはいかがですか。
国外のNFTの代表的なサービスに「NBAトップショット」があります。そこで行われている取引の多くは二次流通になっています。一般的にNFTのマーケットでの二次流通はユーザーが労力なく売買を行えるため、活性化しやすいことがわかっています。
この利便性をリアルの物で実現している国内サービスにメルカリが挙げられます。今や多くの人にとって、なくてはならない存在です。
これらの事例を考えると、そのマーケットは国内のNFTサービスにもあると考えています。「FanTop」では、二次流通サービスを1月に始める予定です。
リアルの本は二次流通したらまったく追えず、取引が行われても著者や出版社に還元はありませんが、リアルの本に付いてくるNFTをデジタルで二次流通するならば取引をトレースできるうえ、著者や出版社も収益を得ることが可能となります。お客様にとってストレスがなく、追跡できるコンテンツ流通マーケットなのです。
そういう形でブロックチェーンを使っていければ、「NFTデジタル特典」付出版物のような取り組みによって、リアルの物がより売れる世界ができると思っています。自動車も、中古車市場が整備されていないとすると、新車を買う感覚が今とはずいぶん違ってくると思います。
積極提携で「出版業界に貢献」
――紙出版物の大手流通であるトーハンとの資本業務提携によって、将来的に紙も電子も合わせた出版プラットフォームに発展させるお考えですか。
私たちは、コンテンツの力を借りてビジネスをするというIT企業の考え方ではなくて、リアル書店も含めて、出版業界に貢献するという考えを持たなければいけないと思っています。
デジタルのメディアドゥから出版業界に貢献するメディアドゥになっていくために、どういうことをすればいいのかと考えていたところ、トーハンとは歴史も規模も違いますが、流通というポジションが同じで、価値観がよく似ていました。なので、議論も早く進みましたし、リアルとデジタルという互いに補完し合う素晴らしいご縁だと感じています。
ですから、私たちがトーハンとの資本業務提携で考えていかなければいけないのは、トーハンにいかに貢献できるかということもありますが、両社が提携して、どのように出版業界全体に貢献できるかが重要です。
ただし、デジタルもリアルもそれぞれ難しさがありますから、1社で両方ができる会社はないと思います。それぞれがそれぞれの領域に集中してやっていく。なので提携という形がベストだと思っています。
――書店での電子書籍の販売なども始めますね。
それもありますし、あとは電子図書館です。こちらはかなり具体的に進んでおり、当社の社員がトーハンのオフィスで電子図書館事業を推進しています。当社の電子図書館サービス「オーバードライブジャパン」も順調に推移しており、上期は前年比で2倍の契約がまとまっています。
――光和コンピューターと提携して、出版社のシステム「PUBNAVI」を手がけるというのは、どういう戦略ですか。
電子書籍には絶版や品切れがないため、出版社はデジタル化すると半永久的に管理していかなければならなくなります。すると印税管理などはかなり煩雑で、これを軽減しなければ、出版社がコンテンツのデジタル変換に抵抗感を持ってしまいます。
そこを少しでも簡便化することによって、出版社にデジタルとリアルをより近づけて考えていただく。これは仕組みのDXを通じた意識のDXだと思います。
また、出版社のシステムは、今後、D2C(Direct to Consumer)に対応するユーザー・ダイレクト・マーケティングの領域まで入っていくと思います。ユーザーの情報をデータベース化して、次にどういう作品をつくるのかまで分析しようとすると、オンプレミス(自己管理)だと難しい。
研究開発を進め、絶えずバージョンアップしなければなりません。きめ細かくスピード感のあるバージョンアップは、クラウドやSaaSでなければできません。
そうなると、投資ができる大手は効率化を図れますが、投資できないところは分析やD2Cができなくなります。そういう出版社の支援をするために、新しいビジネス領域に入る準備をしておかなければならないのです。それが当社にとってのビジネスチャンスでもあります。
出版業界が求めるピースを埋めていく
――出版社をグループ化する「インプリント事業」の推進を発表して、日本文芸社やジャイブなどをグループ化していますが、欧米では巨大出版社が多くの出版レーベルを傘下に持つインプリントによって、集中度が高くなっています。そういうモデルを目指しているのですか。
我々がどんどん出版社をグループ化して、業界を変えていこうという考えではありません。出版業界の中で当社のシェアを大きくするのではなくて、出版業界に貢献して少しでも業界全体の市場規模を広げていくことを目指しています。
出版社が発展するためには、やはり投資が必要です。自社で投資できる場合と、当社と組んだほうがよりスピードと規模感が持てる場合があります。
日本文芸社に関しては、特別な思い入れがありました。電子書籍事業を立ち上げ始めていた当時、最初に作品を出してくれるなどさまざまな協力をしてくださったのが日本文芸社でした。当時は私自身が企画していたので、日本文芸社にも日参して一緒に企画を考えました。
その出版社が、いろいろな意味で苦労されていて、次のステップに行かなければならないところで、逆に我々を選んでくれたことによって貢献がしやすくなったと感謝しています。
昨年、小説投稿サイトを運営するエブリスタを子会社化しましたが、こういう仕組みを個々の出版社が作るのは大変です。なので、出版社と一緒に投稿された小説を顕彰する賞を運営するなど、コンテンツが生まれるきっかけとなるプラットフォームを作っていければと思っています。
また、我々がこれから積極的にグループ化・子会社化する会社は、テクノロジーを持っている会社になると考えています。そこで得たソリューションをパッケージ化して、出版社に使っていただく。そういうイメージです。
技術力がある会社を当社が買収したことによって、出版業界がより使いやすいサービスを提供できるようになる。そういったことを、国内でも海外でもやっていく。出版業界が求めるピースを私たちが買い集めて、ピースを埋めていく。そういうことを進めていきます。
海外事業、積極投資で「第2の元年」に
――昨春、「ネットギャリー」をアメリカで運営しているファイヤーブランド・グループを買収しましたが、グローバル展開はどうお考えですか。
私たちのビジネスは、BtoBでバックエンドを担わせていただくのが基本的な考えですが、アメリカで全く同じスタンスだったのがファイヤーブランド・グループでした。
この会社は、「ネットギャリー」のほか出版社の出版業務管理システムを提供しているので、光和コンピューターによく似たサービスを提供してきた会社です。
彼らはアメリカの出版社が抱えるバックエンドの課題をわかっていますが、資金的にもテクノロジー的にもできなかったことを、私たちが補完してより強力にサービスを提供できるようになります。
アメリカでも、出版社を助けていくためにユーザー・ダイレクト・マーケティングをしていきます。ファイヤーブランドもそのためのソリューションを開発、運用し、お手伝いすることを考えていて、私らと情報共有し、方向性も合致しています。
あと、昨年は日本のアニメや漫画の情報を世界に向けて英語で発信する「MyAnimeList」で、約13億円の資金調達をさせていただきました。
このサービスは日本のコンテンツを海外に持って行く出口として、すごくいい役割を担えると思っています。そういった面でも、海外展開にかなり力を入れ、当社にとって、海外事業で第2の元年と言えるくらいの投資をしていくつもりです。
――マンガビジネスでは、グローバルなネット企業も大きな投資をしていますが、こういう状況を日本の出版業界はどう受け止め、対処していけばいいとお考えですか。
私自身、衝撃的だったのは、「ピッコマ」を運営するカカオジャパン(現カカオピッコマ)が昨年、約600億円を調達した資本戦略です。
毎年10ずつ成長して10年で100成長するというオーガニックな成長では足りないのが、これからのグローバルでの闘い方だと痛感させられました。
非連続な成長をしていくためには資本戦略が必要です。そのためにはファイナンスの知識と実行力が不可欠です。日本のコンテンツが世界で台頭していくためには今後、資本戦略が重要になってくると思います。そうした分野は当社が担っていける部分が多いと思っています。
大きな転機だった出版デジタル機構の子会社化
――大学を卒業するとき自分で作った会社の社員1号として社会人になったということですが、その頃、出版業界に関わることをイメージしていましたか。
全くイメージはありません。生きるので精一杯でした。どうやれば生き残れるのかと、いろいろな事業の立ち上げを繰り返して、救急車で運ばれたことも3回ありました。
そんな中、ある程度チームができ、サーバーが手に入り、エンジニアが加わったりすることによって、初めて次のチャレンジが見えてきました。
そうすると、私たちが生き残るためには、社会から歓迎される必要がある。そのためには社会に必要とされるサービスを提供できる力をつけることが必要だと考えるようになり、電子書籍ビジネスによって、少しずつそれが見えてきました。
出版社の皆様が大切にするコンテンツをいかにお客様に届けて、新しいコンテンツが生まれ続ける環境にいかに貢献できるか。そういう循環システムをテクノロジーで支えることが当社の価値であり、存在意義です。私は多くの人に愛されることのできるコンテンツを生み出す人間ではありませんが、全出版社、全出版業界およびコンテンツ業界の最大化に貢献することが私たちにとっての責務だと考えています。
――会社設立25年で大きく成長できた理由をどうお考えですか。
2017年の出版デジタル機構子会社化は、当社にとって大きな転換点になりました。電子取次として業界トップシェアになったことで、業界との距離が縮まり、皆さんに相談をしやすくなり、また、皆さんからも相談をいただけるようになりました。
そして、出版デジタル機構を子会社化したことで当社に加わった新名新副社長が、今では海賊版対策の一般社団法人ABJの代表理事をさせていただくなど、より出版業界の方々と連携しやすくなったという効果は大きいです。
さらにトーハンとKADOKAWAに在籍された経験を持つ塚本進執行役員とのご縁も大きかった。ご両者がいなければ、トーハンとの提携もなかったと思います。
この25年は、そういう知見と能力の高い方々に、当社に加わっていただける場づくりをしてきたのだと思っています。今後も、その場を皆さんとともに盛り上げつつ、出版業界出身の、定年で卒業したような方々にも、従来のメディアドゥだけではできない新しいアプローチでお力添えいただきたい。
そういう方々が、これまでやりたくてもできなかったことをメディアドゥだったらできると思ってもらえれば、私たちの25年間には価値があったんじゃないかと思えます。
書籍、音楽、映像のミックスイノベーション展開
――22年はどのような取り組みを予定していますか。
やはり「FanTop」のサービスをより強固に、より面積を広げる。これを徹底してやっていきたいと思っています。
また、デジタルコンテンツは音楽も書籍も映像も、スマートフォンというひとつの出口になったことによって、コラボレーション・イノベーションができるようになりました。
昨年12月には音楽メーカーと映像メーカー向けのB2Cサービス「GREET」も始めましたが、これらも組み合わせてブロックチェーン上で、今までできなかった本、映像、音楽という3大著作物をミックスし、出版業界だけでなく、音楽メーカー、映像メーカーやアーティストと一緒に新しい仕組みを作っていくことに取り組みます。
――お話を伺って出版業界の未来は明るいと感じます。ありがとうございました。
ふじた・やすし 1973年徳島県生まれ。96年名城大学法学部卒、94年大学在籍時に創業し、96年大学卒業と当時にフジテクノ設立、99 年メディアドゥ設立、2006 年から電子書籍流通事業を開始。20 年起業家支援として一般社団法人徳島イノベーションベースを設立し、代表理事を務める。起業家組織EO Tokyo(現EO Tokyo Central)元会長。地元徳島県木頭村(現那賀町)で13年より地方創生事業に取り組む