【寄稿】ふるさとの味、おふくろの味 ありふれた美味しさを慈しむ(藤沢昌美)

2022年1月27日

 私の郷里吉野川市は、徳島県の吉野川沿いにある、ありふれた田舎町だ。川は西から東へと流れ、早朝に川沿いを走ると、川下から昇る朝日に北岸の柔らかな讃岐山脈が浮かび上がり、南岸には緑濃い四国山地が鎮座する。遠目は美しい。だがかつての賑わいは今はなく、全国的な地方衰退の例にもれず、駅前商店街はちょっとしたゴーストタウン、国道沿いには人気の絶えた店舗、住宅地には廃屋が田園風景を台無しにしている。町の荒廃は静かな人口減として進行し、追い求めた経済成長の負の果実が、ここにも拡がっている。吉野川市には特段の名所や名物があるわけでもなく、私とて、母と兄がそこで暮らしているから時折帰っていただけで、特別な思いがあったわけではなかった。

 

 ところが二年ほど前に兄が肺炎で倒れたことから頻繁な郷里との行き来が始まった。ちょうどそのころ若い市長が誕生し、町に変化の兆しが生まれた。何もないようで、探してみると名産品は見つかるものだ。「くゆな農園」のキウイとブルーベリーは一級品だった。山川駅から車で20 分ほど入った山深い農園で、ご夫妻が手塩に掛けて育てている。奥様の手作りスイーツがまた逸品。「えいじくんちのイチゴ園」も自慢できる。こちらは栽培する若いご夫妻のお人柄そのままの愛くるしいイチゴだ。とうもろこしの「甘々(かんかん)娘」もいい。どれも都会に出回るほどの量はないので、興味のある方はふるさと納税をご一考あれ。

 

 残念ながら、兄は半年足らずで鬼籍に入ってしまったが、一人になった母が気がかりなこともあり、私の古里探訪は今も続いている。そして、次の世代がちゃんと暮らし続けられる町であってほしいとの思いもあり、今年の春に徳島に営業所をオープンした。コロナ禍でITノマド化が進んだわが社は、片田舎でのテレワークも可能となり、十数人の小所帯だが、徳島の日常生活と都市のビジネスをつなげている。やがては晴耕雨読さながらに、「田畑や森林を守り、世界とつながる地域循環型社会」を実現したいと、夢は膨らむ。そんなこんなで少し物事が動き出し、先月には地元の若い人たちと「公寿司」で懇親会を開き、町と彼らの未来を語り合った。公寿司は寂れた商店街の一角の、どこにでもあるような、それでいて町の自慢になる旨い鮨屋だ。兄の行きつけでもあったらしい。自腹で上手い寿司を食べるのは若いころのちょっとした目標だったが、彼らにもそんな当たり前を手に入れてほしい。それには私たちの世代が大人の仕事をし、世代間をつなげなければと思う。

 

 最後におふくろの味に触れよう。高度成長を生きた母の世代は便利な家電と加工食品に支えられた。特に芸はないが、そこそこどれも美味しかった。強いて言うなら「母の味」はごく普通のカレーだろうか。母は今もカレーをつくる。生きていてくれるのがありがたい。

 

(ベイシティージャーナル代表取締役 62 歳)