【本屋月評】店頭の音(伊野尾書店・伊野尾宏之)

2022年3月3日

 7年前に店内レイアウトを変更してから、レジに一番近い場所が児童書コーナーになった。そうしたい、というよりは「全体の配置のバランスをとったらこうなった」が近い。

 

 あるとき、レジで作業をしていると児童書コーナーの方から「クシャッ」と紙をまるめるような音がした。見ると5~6歳くらいの男の子が、人気キャラクターをページの中から探すA4サイズの絵本を開いていて、ページをめくるところだった。

 

 書店員はこの手の音にひときわ敏感になる。本は普通に開いていればそんなに音はしない。音がするときは何かしら『普通と違う動作』が起きている。男の子は「ページをめくる」というより「ページを押しつぶす」ような本の読み方をしていた。

 

 近くに母親と思われる女性が立っていた。スマホをいじったまま「リュウくんー、決まったー?」と聞いている。買うのだろうか。買うのであれば、ページが折れようが何しようがかまわない。「会計前の商品は店の売り物です」というのはまったく正しくて美しい正論だが、現場では「来店客を不快にさせる」不安が正論を引き出しの奥に入れる。

 

 私はすぐには注意しない。頭の中で「絵本、あとでチェックすること」とToDoリストを作る。そのうちレジが混みだした。パッと見ると、さっきの親子がレジに並んでる。よかった。買うんだ。

 

 「はいリュウくん出してー」とお母さんに言われてリュウくんが出したのは、さきほどの絵本ではなかった。

 

 違う――。しかしそれ以上のことは口に出さない。「1320円です。レジ袋はお使いですか?」と聞く。会計を終えると、男の子に軽く手を振ったりする。

 

 親子が出ていったのを確認してから先ほどの児童書を探す。元の場所とは別の場所に戻されていた。オビがぐちゃぐちゃになった本の中を開くと、やはりページが折れていた。私はゴミ箱にオビを捨て、絵本をバックヤードの返品棚に移動させ、補充分を発注する。

 

 ある書店で児童書をコミックのようにシュリンクパックさせたところ売上が上がった、という話を聞いたことがある。

 

 たぶんそうなるだろうな、という気持ちを抱えながら、自分の店ではそうしない。コミックと違って大きさがバラバラの児童書をすべてシュリンクして、返品の際にはそれをすべて外す、という面倒さも要因にあるが、「それは子供にとって楽しい店なんだろうか」という思いが禁じ得ない。結果、定番商品だけ2冊在庫して1冊はパックする、という中間策をとるようになった。

 

 いつも答えがない。どこまでいっても「これで合ってるのだろうか」と考えながら仕事をしている。ずっと見つからないまま、22年が過ぎようとしている。

 

バックナンバー:本屋月評(伊野尾宏之
▼第1回(1月26日掲載)書店員になったきっかけ
▼第2回(3月3日掲載)店頭の音
▼第3回(4月1日掲載)既読にならないライン

 

 

伊野尾 宏之(いのお・ひろゆき)

 1974年東京都生まれ。新宿区と中野区の境にある昭和の風情漂う街・中井にある本屋「伊野尾書店」店長。趣味はプロレス(DDT、全日本プロレス)観戦とプロ野球(千葉ロッテマリーンズ)観戦。ブログ「伊野尾書店Webかわら版」を時々更新中。

 

〈店舗情報〉伊野尾書店
 住所:東京都新宿区上落合2-20-6
 HPhttp://inooshoten.on.coocan.jp/index.html
 Twitter:https://twitter.com/inooshoten

 営業時間:最新の情報は「伊野尾書店WEBかわら版」に記載