インプレスグループのインプレスR & D とメディアドゥは4月1日、プリントオンデマンド(POD)事業の新会社「PUBFUN」(パブファン)を設立し業務を開始する。これまで両社がつちかってきた個人、出版社にむけたPOD 書籍出版の知見をあわせて出版のDX(デジタルトランスフォーメーション)を促進する出版環境を整え、出版文化の発展に取り組むとしている。代表取締役にはインプレスR & D の福浦一広社長、取締役にはメディアドゥの新名新取締役副社長COO、インプレスホールディングスの塚本由紀取締役副社長がそれぞれ就任する。新会社設立にいたるまでの経緯、PODで目指すところを聞いた。 【成相裕幸】
インプレスR&Dとメディアドゥは、POD 市場の可能性を業界の中でも先んじて見定めてきた2社。インプレスR&Dは10年ほど前から出版社むけに電子書籍と紙書籍が同時に製作できるサービス「NextPublishing」でPODの出版機会を提供してきた。
この実績をみたアマゾンから「出版社むけに取次活動をしてほしい」との依頼を受け、2015年にアマゾンPODの正式な取次店に。現在、個人法人向けの出版販売支援サービス「ネクパブ・オーサーズプレス」(旧・著者向けPOD サービス)は利用者6700人、刊行点数は5900点にまで伸長している。Amazon での累計販売数27万冊、累計販売額6億4000万円と、POD出版分野で日本最大級。既存出版社を通さずに累計1万冊を販売している書き手もでてきている。
ただ、同業出版社に対してPOD 活用を提案していたものの、オフセット印刷と比較して単価の高さや仕上がり状態をみて積極的に導入する社は少なかった。
先に反応したのは電子書籍から出版事業に参入した新興出版社らだった。PODが低コストで流通できる販売チャネルになるメリットを感じたことで引き合いが増えた。その中に、個人出版をしている書き手も多くいることがわかり、個人にむけたサービス拡充をしてきた。
共通項はデジタル技術で新サービス創出
メディアドゥのPODサービス「PUBRID」(パブリッド)は法人が中心でこれまでに320社ほどとの取引がある。学術書出版から写真集、ムックまで幅広い形態に対応している。
角川書店(現KADOKAWA)の編集者だった頃から新名副社長はPODに興味をもち、いろいろな会社で見本をつくってもらったり関連サービスも試みていた。「品切、絶版のない出版が理想だった。せっかく著者や編集者が頑張って作った本が短時間で消えていくのは悔しい。デジタルテクノロジーの力で何とかならないか。その一つが電子書籍でありもう一つがPODだと思っていた」と振り返る。
その後、移籍した出版デジタル機構をメディアドゥが子会社化。PODに本格的に取り組み始め、さらに事業領域を広げたいと思っていた。このように両社に特徴的な強みがあり、デジタル技術を活用して新たな出版サービスをつくってきた共通項があることで、数年前から協業の可能性を探っていたという。
新名氏は自らPODがなぜ必要か、出版社に対して「本を読みたい読者が存在するのに在庫がないから提供しないという選択肢と多少クオリティが落ちても本を届けるという選択肢のどちらを取るのか、と経営者と現場を説得していった」(新名氏)という。
今ではPODもハードカバーができたり、カバー装ができたりと技術進化が目覚ましいなかで、デジタルプリンティングの質は今後もさらに向上していくことを強調し提案をしていた。
メディアドゥのPODサービスで出版されたPODオリジナル書籍(左2点)と復刊書籍(右2点)
増える出版社のPOD 活用
出版界では現在、オフセット印刷が主流だが、PODやデジタルプリンティングで迅速に少部数ロットでも出せる体制は整いつつある。
新名副社長によると、角川文庫、角川コミックスはほぼすべてデジタルプリンティングで小ロット重版を行っており、2017年刊行の豪華美術書「運慶大全」(小学館)のような高細密な印刷技術が求められる写真集も同様にデジタルプリンティングで印刷されているという。
また、塚本副社長もインプレスグループのリットーミュージックでは、アーティスト写真集の一部でPODを採用していると明かす。
PODは目に見える形で浸透しはじめているが、普及の妨げになるのがオフセット印刷単価の「不健全な下がり方」。現在、オフセット印刷の最低ロットは数百部程度まで下がっているという。だが、「PODに注文を奪われないためにむちゃな見積もりを出している」(福浦)、「印刷会社としてちゃんと採算が取れているかどうか疑問だ」(新名)。
印刷業者に多大なしわ寄せが現にあるなかで、オフセット印刷とPOD が健全な形で共存するのが業界にとって理想的な姿とみすえる。
新会社PUBFUN で狙うマーケットは「個人と出版社のあいだ」だ。塚本副社長は「PUBFUNが意図するのは、出版を楽しむコミュニティ。個人のこだわりをパブリックにしていく」ことを目指す。
塚本副社長は、個人出版を顕彰する「ネクパブPOD アワード」で審査員をつとめるが「質は上がってきている。機は熟してきた」とその潮流にPUBFUN が広範な受け皿になれるとみる。
真のマーケットインを目指す
また、昨今の出版界で盛んにいわれるようになったマーケットイン型流通についても「20 年前からインプレスグループでもマーケットインと言ってきたが、業界をみても真の意味でそうなってこなかった。PODは個人出版を基点にユーザーのニーズの最先端にある。ここから本当に売れるものが出てくれば、それが本当の意味でのマーケットイン」と位置付ける。
新名氏も「プリントオンデマンドの世界はプロダクトアウトとマーケットインの究極の融合の場」と定義する。
4月の発足後、まずは2社のシナジーを追求し、PODに関連するシステムの共通化を進めていく。出版社単位、個人単位だけでなく、出版社の部署・部門や業界外部のコンテンツホルダーの参加を促せるようなサービス、体制を整えていく。
福浦社長によるとPODは「まだ『発見されている状態』」。10年以上事業として続けてきたが、出版形態の一つとして周知がまだ進んでいないため、参加者や取り組み事例をさらに多くすることで認知拡大をはかる。
POD が日本の出版文化を豊かにする
今後の方向性について、福浦社長は「PODによる個人出版が全てというつもりはまったくない。既存出版社の一部門、一担当者でも相談できることがある。POD市場を業界で広めていきたい」
新名副社長は「PODを使い倒してほしい。そこからコンテンツ文化を支えるいろいろな可能性が出てくるのではないか。POD でどんなことができるかを考えて新しい企画を生み出してほしい。これからはこういう動きが日本の出版文化を豊かにしていくだろう」
塚本副社長は「皆さんが思っている以上にPODには多様な出版形態も実績もある。ともにビジネスを作っていきたい」と話している。
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