「本が好きで、本に囲まれて働ける環境に魅力を感じて応募しました」
目の前の机に置かれた履歴書にはパソコンでそう書かれている。タカシマさん。24歳男性。フリーでWebライターをしているという。4時間勤務/週2回のシフトに応募してきた。本業の傍らに働くらしい。問題がなさそうだったので契約する。
タカシマさんは覚えが早かった。受け答えも快活。わからないところはメモを取る真面目さもある。周りのスタッフからの評判もよかった。
3週間ほど経ったある日、シフトが入ってる日の早朝にタカシマさんからラインが来ていた。
「申し訳ありません、昨夜から体調が悪く、今日の仕事はお休みさせてください」
あら。お大事に…と思いながら了承する。その2日後、やはりシフトが入ってる日の早朝にタカシマさんからラインが来ていた。
「母方の祖母が今朝他界しました。急ですみませんが、3日ほど実家の兵庫に戻りますので仕事はお休みさせてください」
えっ、本当に?と思いながらお悔やみの文面を送り、葬儀などで戻りが遅れそうな時は連絡ください、と返信する。3日経っても、タカシマさんはこなかった。連絡もない。こちらから送ったラインが既読になっていない。
これは…と思いながら「その後いかがですか。連絡ください」と送る。それから数時間後、翌日、3日たっても、そのラインも既読にならなかった。電話も出ない。
怒りはそれほどない。それよりも徒労感が大きい。数日後、給与明細と契約解除通知を郵送で送った。その日、30代くらいの男性が店に来た。
「こちらでタカシマという男性が働いてると思うのですが、今日は来ていますか?」
一瞬、なんと答えるべきか迷ってから「今日は休みですが」と答えた。
「失礼ですがどういったご関係でしょうか」
「あ、失礼しました。自分、タカシマに仕事を発注している会社の者なのですが、彼、連絡つかなくなっちゃって。それでこちらには来ているかと思いまして」
もう一つの職場に直接探しに来るって、どういう事情だろう。モヤモヤしながら「実はうちの方でも数日前から連絡が取れません。なので、わからないです」と答える。
「そうでしたか…。いやちょっと困ったな」
男性はそのまま帰った。タカシマさん、あんた何やってるの。てか何をやったの? 数カ月後、出勤してきたあるスタッフが驚くことを言った。
「店長、私昨日タカシマっぽい人を見たんですよ」
え?
「いや、昨日選挙だったじゃないですか。私、昼に投票所に行って並んでたんですけど、終わって出てくる人の中にタカシマっぽい人がいたんです。あれ!?ってなったんですけど、追っかけて声かけたところで…と思って」
バイトは来ないのに選挙は行く。真面目なのか。スマホでラインの画面を開く。数カ月前にタカシマさんに送ったメッセージはまだ既読になっていなかった。
伊野尾 宏之(いのお・ひろゆき)
1974年東京都生まれ。新宿区と中野区の境にある昭和の風情漂う街・中井にある本屋「伊野尾書店」店長。趣味はプロレス(DDT、全日本プロレス)観戦とプロ野球(千葉ロッテマリーンズ)観戦。ブログ「伊野尾書店Webかわら版」を時々更新中。
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