即答できるはずもなかった。抑圧された日常を生きる2人の女性を描いたグラフィックノベル『大邱の夜、ソウルの夜』(ころから)の刊行記念トークイベントを4月3日、店内で開催した。対談相手を務めた僕は、会場にいた知り合いの女性から「その時、おかしいと感じなかったんですか?」と問い詰められた。
約5500冊の在庫を抱える僕の店で最も大きな存在感を示しているのがフェミニズムとジェンダーの分野だ。5年前のオープン時には1冊もなかった。ある取材で女性のライターから理由を聞かれ、「知らないことを知りたいから」と答えた。
40年前、大学卒業後に入った新聞社の同期二十数人の中に女性は皆無だった。女性がひとりもいないことに疑問を持たなかった。合格ラインに達していながら「男子優先」で落とされたのか。そもそも受験の機会を与えられていたのか。
東京医科大学の入学試験で長年、女子の受験生が一律減点され、不合格になっていたというニュースを聞いて、新聞社時代の記憶がよみがえった。部長職にあった15年ほど前、新入社員の二次面接で人事担当者から「2対1」という指示を受けた。次の面接には女子1に対し、男子は2の割合で上げてほしいとの意味だ。
優秀な女子を落とす代わりに、どの男子を引き上げるか、つまり下駄を履かせるのか苦労した。でも、「2対1」を「おかしい」とは感じなかったし、人事担当者に異を唱えることもしなかった。冒頭の刊行イベントでその事実を初めて明かした。
男という名の下駄を自分も履いていたことに気付いたのは58歳で本屋を始め、フェミニズムに出会ってからだった。フェアであるべき教育や雇用などで格差をつけられ、性暴力への恐怖と不安を抱えて日々生きていかなければならない女性たちが身近にいながら、想像したことがなかった。
この国で日本人、大卒、健常者、男性、異性愛者、正社員として生きてきた僕は「マジョリティ」の一員だ。社会学者のケイン樹里安さん(昭和女子大学)は、単なる「多数派」ではなく、差別などの問題が起きた時、「気付かずにいられる人/気にしないでいられる人」と位置付ける。
大勢になびくことをよしとせず、自分の力で道を切り開いてきたと思っていたのは間違いで、マジョリティという特権にあぐらをかいていたのかもしれない。そればかりか、自覚しないまま、男女差別の構造を維持することに加担していた。
透明で目には見えない、つまり履いていることに気付かないのが「ガラスの下駄」だ。脱いでみれば、違った景色が見えてくる。そして、フェアな社会の実現を目指してフェミニズムの本を多くの人に届けたい。
▼第2回(2月17日掲載)「おススメは鰹節」
▼第3回(3月17日掲載)「書いた、走った、飲んだ」
▼第4回(4月14日掲載)「ガラスの下駄」を履いていた
▼第5回(5月12日掲載)サン・ジョルディの日
▼第6回(6月9日掲載:最終回)「いかれた店主」の独り言
1958年山梨県甲府市生まれ。「Readin’Writin’BOOKSTORE」店主兼従業員。東京外国語大学イタリア語学科卒。読売新聞大阪本社、ランナーズ(現アールビーズ)を経て、90年毎日新聞社入社。主にスポーツを取材。論説委員(スポーツ・体育担当)を最後に2017年3月退社。著書に『新聞記者、本屋になる 』(光文社新書)などがある。
〈店舗情報〉Readin' Writin' BOOK STORE(リーディンライティン ブックストア)
住所:東京都台東区寿2丁目4−7
HP:http://readinwritin.net/
Twitter:https://twitter.com/ochimira?s=20
営業時間:12:00~17:30(火・金17:00、土・日18:00)/定休日は月曜日