【本屋月評】NFTを活用した電子版(NUMABOOKS・内沼晋太郎)

2022年5月25日

 自分が運営するNUMABOOKSの出版部門より、2018年に佐々木大輔(著)『僕らのネクロマンシー』という本を出版した。柳田國男が『遠野物語』で描いた岩手県遠野市を舞台に、土地の伝承、伝説、家族といった普遍的なテーマと、AIや地域活性化、はてはTCGまで、現代的なモチーフが交差する予言的私小説だ。

 

 『遠野物語』の初版が350部であることに合わせ、本書も350部限定。判型や版面は原著に忠実に倣いつつ、本文と脚注の縦横を逆転させ、横書きの小説本文の上に、縦書きの脚注としてまるまる『遠野物語』を埋め込んだ。フォトアクリル加工を施した表紙には文字が一切なく、そのまま写真作品として飾れる。この見たことのない佇まいのブックデザインが評価され、Best Book Design from all over the World 2020(世界で最も美しい本コンクール2020)にて銅賞を受賞した。

 

 売り方においても実験をしようと、オンラインのみでの販売で、残部数が減っていくにしたがって徐々に価格が上がっていくという、変動的な価格を採用した。発売直後は6,000円+税だったが、ほぼ残部数がなくなった現在では11,500円+税で販売している。小説の内容の中に、物質が持つ情報とデジタルデータに関する示唆が込められていたので、あえて電子版は発売しなかった。そのため、読める人はごく限られていた。

 

 電子書籍はたしかに便利だ。デジタルだから場所を取らないし、どんな端末からでも、いつでもどこでも読める。中身を検索することもできる。多くの読者がマーキングした箇所がハイライトされたりもする。

 

 けれど一方で、私たちが紙の本に求めてきたもののすべてを、電子書籍が叶えているかといえば、必ずしもそうではない。そもそもデジタルデータに過ぎないから触ることもできないし、部屋に飾ることも積むことも、友達に貸すことも借りることも、紙の本のようにはできない。不要になっても、売ることもできない。

 

 ひとことでいえば、いくらバーチャルな本棚に並べられていたとしても、電子書籍は〈私のもの〉だと感じさせてはくれない。実際に、多くの電子書籍サービスにおいては規約上、購入者にあるのは利用権であり、所有権ではない。〈私のもの〉ではないのだ。

 

 そして時代が追いついた2022年のいま、新たな電子版の流通および所有の実験として、NFTを活用した電子版を刊行しようとしている。まだ民法上の定義が追いついていないため、現状ではNFTも法的な所有権は認められていない。けれどそれらの、ブロックチェーン上に記録される一意で代替不可能なデータ単位は、多くの人々の了解の上で所有されているものとみなされ、マーケットで売買されている。つまりNFTは、おおよそ〈私のもの〉だ。売買できるのはもちろん、貸し借りできるような仕組みも準備している。

 

 他の著者や出版社の方にも真似してもらえるようなパッケージにしたいと考えているので、ぜひ注目いただければうれしい。「遠野物語の日」である6月14日の発売を目指して、鋭意制作中だ。

 

 

バックナンバー:本屋月評(内沼晋太郎)
第1回(2月3日掲載)本の魅力を照らす道具
▼第2回(2月24日掲載)未来とは始める人である
▼第3回(3月25日掲載)日記のお祭りを開催します
▼第4回(4月22日掲載)こんにちは、freee出版です
▼第5回(5月25日掲載)NFTを活用した電子版

 

 

内沼 晋太郎(うちぬま・しんたろう)

 1980年生まれ。NUMABOOKS代表、ブック・コーディネーター。新刊書店「本屋B&B」共同経営者、株式会社バリューブックス取締役、「八戸ブックセンター」ディレクター、「日記屋 月日」店主として、本にかかわる様々な仕事に従事。また、下北沢のまちづくり会社である株式会社散歩社の取締役もつとめる。著書に『これからの本屋読本』(NHK出版)などがある。現在、東京・下北沢と長野・御代田の二拠点生活。

 

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