第7回渡辺淳一文学賞 葉真中顕さん『灼熱』が受賞

2022年5月30日

 集英社と一ツ橋綜合財団は5月20日、第7回渡辺淳一文学賞に葉真中顕『灼熱』(新潮社)を選出し、東京都内で贈賞式を行った。

 

『灼熱』で受賞した葉真中顕さん

 


 冒頭、登壇した集英社・廣野眞一社長は、純文学・大衆文学の枠を超えた人間心理に深く迫る芳醇な物語性をもった小説作品を顕彰する渡辺淳一文学賞に、ふさわしい作品が選ばれたことを喜び、渡辺淳一氏の名前を冠したこの文学賞を「さらに大きな賞とするため、努力を続けていきたい」と意欲を示した。

 

 選考委員を代表して浅田次郎氏は、本作がブラジルに移民した日本の人々を描いており、自身も同様の素材を短編小説で描いたことはあるものの、「いつか長編に書きたいと思っていたが、先に『灼熱』が発表されたため書けなくなってしまった」とユーモアを交えて告白。会場の笑いを誘った。

 

 同氏は、なかなか長編に着手できなかった理由として、当時の移民についての資料はとても難しいこと、出身地による方言の違いやブラジルの公用語であるポルトガル語についても、知識が必要となってくるといった「大変な壁」があることを指摘。「本作はそれにまっすぐ対峙し、非常に苦労しながら書き上げた作品であることを、同業者だからこそ理解できる」として、「力作」と評した。

 

 加えて、浅田氏がふれたのは「戦争、情報、差別といったいろいろな問題を内包し、いろいろな方角からのアプローチも可能であるからこそ、魅力的なストーリーである」ということ。非常に内容が詰まっており、「よくこれだけの枚数で話をまとめた」こと。普通だったら単に二枚目なヒーローになってしまいがちな主人公が、ある種の毒をもった人物像であり、「そのつくり方がすごく上手だった」こと。それらによって、「実に読みごたえがあり、渡辺淳一文学賞に恥じぬ名作」と称えた。

 

 そうした浅田氏のメッセージに対して、「感激で頭が真っ白になった」という葉真中氏。本作で取り上げたブラジルの日本移民の「勝ち負け論争」は、太平洋戦争終結時にブラジルにいた移民らのうち、「日本が戦争に勝った」というデマを信じた者が、それを信じず正しく敗戦を認識した者を攻撃し、死傷者が出た事件であることを紹介。デマ、フェイクニュースといった問題は現代でも変わらず起こっており、「私たちがリアルに感じていることと同じだ」と、執筆中も執筆後も戦慄する思いを抱えていると明かした。

 

 さらに、「人間はいつの時代も本質的には変わらず、それぞれに世の中の事実を、自分に都合の良い物語として理解しているからこそ、自分のそれとは異なる物語を生きる人との間に、理不尽な暴力や差別が起こるのだ」と話した。

 

 しかし、「小説家として物語を創ることは、良質な物語によって与えられる共感や感動で、共通の理解を得て、人と人を繋ぐ架け橋になるのではないか」と、小説への祈りにも似た思いを語った。そして、自身はまだ小説家として発展途上だとしつつ、「より良い物語、小説を紡いでいけるように頑張りたい」と言い切った。