その男性はカウンター近くに面出しで並べていた雑誌を手に取って読み始めた。1分、2分、3分、、、。大柄な体格のため通路をふさぐ格好になっていた。5分を超えたころで思い切って声をかけた。「長時間の立ち読みはご遠慮ください」。言葉が通じたのか、男性は何も買わずに店を出て行った。
その日のうちにGoogleビジネスにレビューの書き込みがあった。原文は英語で、探していた雑誌だったこと、なぜだめなのか質問したが答えがなかったことなどが書かれていた。僕のことは「Wacky owner」と表記していた。Wackyをインターネットで調べてみると、「頭のおかしい」「いかれた」とあった。評価の星は当然、ひとつだった。
先日は星ふたつのレビューがあった。店内を回って、あるPR誌(無料)だけを持って女性がカウンターにやって来て値段を聞かれた。「500円です」と答えると、代金を支払って出て行った。その日の夜に投稿されたレビューには、無料のはずだと思ったのにお金を取られたこと、注文したコーヒーが遅かったことなどを挙げ、選書と雰囲気はよかったが、人気が出たことであぐらをかいているのでないかと書いていた。
その女性はPR誌を発行している出版社にもメールを送ったらしく、翌日出版社から問い合わせの電話がかかってきた。重要な論考が掲載されていて無料で配布するのはもったいないと思っていること、本を買ったくれた人には無料で渡していることなどを説明した。
本を買う側から売る側になって思う。情報はただではない。
飲食店とは違い、本屋の場合、商品である本に触れた後、買わずに帰ってもとがめられることはない。ある元書店経営者は「立ち読みは大歓迎」と話していた。この考え方は浸透しているようで、立ち読みをしていて注意された経験はない。全国に展開する某ライフスタイル書店では、コーヒーを飲みながらソファで購入していない本を読める。立ち読みならぬ座り読み。客を甘やかすにも程がある。
1冊の本が本屋に並ぶまでにどれだけ多くの人が関わっているのか考える。著者、編集者、装幀家、カメラマン、校正者、印刷業者、営業・広告担当者、配送業者など。時間と手間をかけて出来上がったことを思えば、「立ち読み大歓迎」なんて言えない。
おまけに僕の店は配本・委託ではなく、注文・買い取りで本を仕入れている。売れなくても、帯や表紙が破れたとしても返品はできない。1年後、3年後、5年後かもしれないが、誰かが購入してくれる本であれば、できるだけ新品に近い状態で手渡したい。
場所柄、週末はデートの途中に立ち寄るカップルが多い。額を寄せ合って1冊の本をのぞき込んでおしゃべりしている。「〇〇〇〇〇」と声をかけたい気持ちを抑えて、パソコンのキーボードをたたいている。
▼第2回(2月17日掲載)「おススメは鰹節」
▼第3回(3月17日掲載)「書いた、走った、飲んだ」
▼第4回(4月14日掲載)「ガラスの下駄」を履いていた
▼第5回(5月12日掲載)サン・ジョルディの日
▼第6回(6月9日掲載:最終回)「いかれた店主」の独り言
1958年山梨県甲府市生まれ。「Readin’Writin’BOOKSTORE」店主兼従業員。東京外国語大学イタリア語学科卒。読売新聞大阪本社、ランナーズ(現アールビーズ)を経て、90年毎日新聞社入社。主にスポーツを取材。論説委員(スポーツ・体育担当)を最後に2017年3月退社。著書に『新聞記者、本屋になる 』(光文社新書)などがある。
〈店舗情報〉Readin' Writin' BOOK STORE(リーディンライティン ブックストア)
住所:東京都台東区寿2丁目4−7
HP:http://readinwritin.net/
Twitter:https://twitter.com/ochimira?s=20
営業時間:12:00~17:30(火・金17:00、土・日18:00)/定休日は月曜日