【本屋月評】「本だったノート」誕生(NUMABOOKS・内沼晋太郎)

2022年6月17日

 自分が取締役をつとめるバリューブックスは、長野県上田市を本拠地として、インターネットを通じた古本の買取販売を主たる事業としている。

 

 毎日、約2万冊の本が届く。だが実際は、そのうちの半数近くが買取価格をつけることができない。ある時期に大量に売れた本は、発売からしばらくすると、大量の古本として市場に回る。すると需給のバランスが崩れる。Amazonなどでの売価は、定価が安い本はとくに、すぐに「1円」まで落ちる。買取価格がつかなければ、一見してきれいな本も、その多くは古紙リサイクルに回っていく。

 

 日本は古紙リサイクルのシステムが確立していて、世界でもトップクラスの回収率・利用率を誇る。バリューブックスから出ていった古本も、日本中の様々な場所からやってくる古紙と一緒に、いわゆる再生紙として、段ボールやペーパータオルになったり、ザラ紙になったりしているので、まったく無駄になっているというわけではない。

 

 けれど可能な限り、本は本のままリユースしたい。そこで古紙リサイクルに回す前に、まだ行き先がありそうな本を人力で選別するチームを設置し、学校などの施設に寄付する「ブックギフト」や、直営のアウトレット書店「バリューブックス・ラボ」、無印良品の「古紙になるはずだった本」などの形で生かしてきた。

 

 けれどその方法で救える量にも、種類にも限りがある。なにか別の生かし方はないかと話し合っているうち、ふとたどり着いたのが、本だけで再生紙をつくれないか、ということだった。そうして生まれたのが「本だった紙」であり、最初のプロダクトが「本だったノート」である。

 

 強度を出すためのつなぎとして、実際は牛乳パックを半分混ぜる。本50%、牛乳パック50%の紙だ。最初は、ふつうの再生紙が出来上がると思っていた。けれど試作をするうちに、明らかに活字のかけらだとわかる質感が、紙に混じることがわかった。たまに、明らかに文字として読めるものも混じる。かつて本だった、という事実が、紙の中にはっきりと残る。

 

 最初はノベルティとして配った。そしてこのたび、製品版として販売することになった。廃インクを使用し、濃度調整をせずに一点ずつ異なる偶然のグラデーションを生むという、実験的な印刷手法も実現することができた。現在、この紙の存在を知ってもらい、仲間を増やすためのクラウドファンディングを実施中だ。そして8月には店頭に並ぶ。

 

 本が大量に刷られ、廃棄せざるを得ない現状を感じつつ、本という存在へのそれぞれの思いを馳せることができる。「本だったノート」がそのようなノートとして長く愛される製品になると同時に、「本だった紙」も再生紙の新たな選択肢として、様々な形で活用されることを願っている。

 

「本だったノート」

 

バックナンバー:本屋月評(内沼晋太郎)
第1回(2月3日掲載)本の魅力を照らす道具
▼第2回(2月24日掲載)未来とは始める人である
▼第3回(3月25日掲載)日記のお祭りを開催します
▼第4回(4月22日掲載)こんにちは、freee出版です
▼第5回(5月25日掲載)NFTを活用した電子版
▼第6回(6月17日掲載:最終回)「本だったノート」誕生

 

 

内沼 晋太郎(うちぬま・しんたろう)

 1980年生まれ。NUMABOOKS代表、ブック・コーディネーター。新刊書店「本屋B&B」共同経営者、株式会社バリューブックス取締役、「日記屋 月日」店主として、本にかかわる様々な仕事に従事。また、下北沢のまちづくり会社である株式会社散歩社の取締役もつとめる。著書に『これからの本屋読本』(NHK出版)などがある。現在、東京・下北沢と長野・御代田の二拠点生活。

 

 HPhttps://uchinuma.com/
 Twitter:https://twitter.com/numabooks