マガジンハウスは『anan』『BRUTUS』『POPEYE』などを通じ、新しいカルチャーの発見や深掘りで確固とした雑誌ブランドを築いてきた。その資産を最大限に活用し、過去に途絶した漫画の文脈を再起させる。鉄尾周一常務(書籍出版局局長)と関谷武裕漫画準備室長に聞いた。【成相裕幸】
マガジンハウスがマンガに取り組むのは初めてではない。『平凡パンチ』(1964年創刊)の後継として、80年代後半に『NEWパンチザウルス』、月刊漫画雑誌『COMIC アレ!』(94年創刊)があったが長くは続かなかった。そのような経緯もあったことから鉄尾周一常務は「どうやればマガジンハウスらしいコミックができるのか、これまで解がなかった」と振り返る。
その一方で、近年、書籍を強化しようと経験者を中途採用。そのなかから雑誌のテイストを残したライフスタイルを中心とした実用感のある書籍が増え、ヒット作もでてくるようになった。吉野源三郎著『君たちはどう生きるか』の漫画家・芳賀翔一氏によるコミカライズは213万部の大ヒット。そのような下地を得てマガジンハウスなりのコミックを考えた末に、改めて確認したのは「雑誌に独自のブランド力とオリジナリティがあること」(鉄尾常務)。それをベースに「雑誌とコミックの融合みたいなことはできないか」と方向性が次第に固まった。
コミックに関する知見を拡げようと、先行する同業他社の編集者も訪ねた。そのひとりがリイド社で主に時代劇漫画を担当した後に「トーチweb」を立ち上げた関谷武裕氏だった。関谷氏は、それまでリイド社で途絶えていた青年マンガを再興しようと、編集メンバーを集めることから始めた創刊編集長でもあった。実際に会ってアイデアをお互いに話すなかで意見が一致したことから、鉄尾氏が自社に誘った。関谷氏は「新たにゼロから編集部や媒体をつくるチャレンジができる」と2021年10月に移籍した。
業界の動きをみても出版大手3社がコミックの大ヒットで業績を伸ばしていること、今後も電子コミック市場が伸長していくであろうことから、従来のビジネスモデルである紙版のコミック誌掲載から単行本にするのではなく、ウェブからビジネスがスタートしやすい環境だったことも後押しした。
「漫画編集室」正式発足へ
書籍局内に漫画編集準備室を設置したのは21年10月。関谷氏のほかに、自ら漫画を描ける編集者と、青年漫画誌で長く経験のある編集者を採用した。
現在は自社雑誌ウェブサイト内に作品を掲載している。『Tarzan』に大橋裕之「ジャンプ少年ヒトシ」、『anan』に大島智子「おかえり ただいま」、『POPEYE』にぴょんぬりら「ぼうぼう★」がそれだ。組版は漫画編集準備室が担当し内製化している。
ウェブ更新と並行して7月に漫画家、水木しげる氏が戦争を描いたコミックを再編集し紙版で刊行する。一橋大学名誉教授・吉田裕の解説が入った『漫画で知る「戦争と日本」-敗走記録-』『漫画で知る「戦争と日本」-壮絶!特攻-』の2冊だ。これが漫画準備編集室としてのコミック第一弾となる。ウェブ連載が単行本として発売される頃に正式に「漫画編集室」となる見込みだ。
今後増えてくる漫画の作風は、掲載する雑誌の読者層と重なるところを見定めている。男女どちらかに偏らずに、年齢は20~40代と設定する。執筆陣はこれまでに発表している作品は多くない新人にも声をかけていく。
関谷氏は「インデペンデントな活動をしていて商業的に知られている方でなくても、その人にしか書けない瞬間、絵がある。僕がやりたいのはそれらの作品をどう多くの人に届けるか。マンガにはまだ読者が見たことのない表現があることを紹介していきたい」と強調する。
後発ゆえ宣伝プロモーションが重要となってくるが、その点「一番他社と違った特徴を出せる」と期待する。「『POPEYE』がアメリカ西海岸のカルチャーを発見して日本に浸透させたように、マガジンハウスは新しい文化や現象を見つけて紹介するのがすごく上手い。編集として考えていくのは、自社の雑誌と連動して漫画にどんな価値を提示していくか」(関谷氏)と雑誌の媒体力をフル活用する。
発行形態は紙と電子どちらかにも偏重しない。「紙と電子は今後ももっと明確に差別化される。あえて電子書籍をコンテンツといいますが、電子は消費されがち。じんわり長く届く作品、遅くよさがやってくる作品が紙版で残っていく。適切な場所で販売することが必要になると思っている」(関谷氏)。一例として同社から刊行されている岡崎京子「PINK」は20年以上売れているが、紙版で目指すのはそんな息の長く何世代にもわたって読み継がれるものだ。
縦スクロールにも挑戦
紙版は『漫画 君たちは~』と同じA5判でコミックとしては少し大きめの判型を選んだ。価格は1000円前後で23年から出していく予定。
収益は紙版、電子書籍、アプリ配信、過去作の再編集した復刊など幅広く考える。海外で急成長する縦スクロール漫画にも挑戦する。現在は各雑誌のウェブサイトに作品を掲載しているが、独自のプラットフォームとしてマンガに特化した媒体を立ち上げることも視野にある。現在は作品数を増やしていくことを念頭に置いていることもあり、事業として3年で黒字化を目指す。