【ニューブック】
技術力・提案力で定評
前世紀末以降の全体の傾向としての売り上げ低下、そして2011(平成23)年の東日本大震災での紙不足や配送への影響など、さまざまな打撃を受けてきた出版業界。再販制度そのものに伴うデメリットも含め、現在もさまざまな課題を抱えている。
それらに対して、自社のサービスの活用による提案を行っているのが1965(昭和40)年設立のニューブック、そこからパブテック企業として事業分離したセルンだ。書店からの返本をスピーディーに改装し再出荷するなど、長く出版の倉庫管理・物流に携わってきたニューブック。事業拡大の中で、バーコード検品によって工程途中で状況をきめ細かくキャッチアップするシステムを確立し、精度を上げることに成功した。
ECショップのワンストップサービス
一般的な物流サービスであれば、ECショップ(通販サイト)をもっている企業から受注データや発送データをもらい、そこから発送作業を行う。しかしニューブックの場合はそれまでの経験から、ECショップの構築から行うということをかなり早い段階からやっていたという。ある出版社の実用英語検定といった語学の資格試験に関連する発送業務や、ロックバンドのファンクラブによるアーティストグッズの通信販売業務などを行い、テキストや多品種少ロット商品の生産・管理~個人顧客に対する個別配送を展開。配送キャリアとの関係性も深められたという。それにより、安価な運送料金かつ円滑なワンストップのワークフローを築き、そして「フルフィルメントサービス」を提唱するようになる。現在では耳にする機会も多くなったキーワードだが、他社に先駆けて打ち出していたことは間違いない。「自然とSEO対策ができていました」と豊川竜也社長は笑う。
国内POD事業でも先行
そうしたノウハウを活かし、新たに展開したのがプリントオンデマンド(POD)のサービスだ。2007(平成19)年頃からアメリカで受注生産方式の印刷製本が増え、すでにIBMが法律書でPODによる加不足ない在庫管理を取り入れていたことなど、海外の出版社でPOD が普及しつつあることに着目。そこへ東日本大震災があったことが後押しとなり、POD設備への投資を決意。独自の技術と物流のノウハウを掛け合わせ、ハイアマチュアを対象としたセルフパブリッシャーへのサービス提供を開始する。5分以内にストアを立ち上げて販売を開始できるシステムを作り上げたことにより、PODによって1冊から本を製作し、ネット書店で販売するルートが整った。
セルフパブリッシャーの反応は速かった。2016(平成28)年のサービス開始時、特に広告も出さなかったが、インターネットでの検索だけで来た利用客が初月だけで30人程いたという。そこで驚きとともに手ごたえを感じたと、豊川社長は語る。
その後は口コミやツイッターなどによる宣伝効果で月間1000人程まで利用が伸び、製造冊数も増大。10坪程のスペースにプリンター1台という体制から始まり、追加の設備投資を行うことで徐々に体制を整え、高速プリンター5台に製本機1台、断裁機2台、フロアも当初の約30倍、330坪にまで拡大し、受注したらそのまま製造しすぐ発送する、という仕組みを構築した。「現在でこそPODのサービスが増え、紙を介さないアプリでの提供も増えたが、当時はオンリーワンのサービスだった」。
出版社の在庫レスを実現
既存の出版社に対しては、2015(平成27)年頃からPODの提供を開始。現在はこちらが主軸だ。先行したのは、物流時代か取り引きのあった総合出版社。オープンソースのパッケージソフト「EC―CUBE」でBOOKSTORES.jpにECショップを立ち上げ、受注を開始した。
出版社にとっては、受注生産であるPODの活用によって在庫レスの実現が期待できる。実販率が6割だとすると、残りの多くがいずれ断裁されてしまう可能性を持つことになる。タイトルによっては、半分近くが断裁されてしまうものもある。注文が入った時に必要な分だけ印刷・製本し配送するという需要に見合った流通によって、適正部数がそう大きくないタイトルを抱えている出版社、そして在庫の倉庫管理と物流を担うニューブック、双方にとって大きな利益につながるという。
2018(平成30)年のセルン設立以後、中央図のように大枠として物流はニューブック、ECプラットフォームはセルンが担当することとなった。セルンはあくまでフロントの仕組み。それ以降の物流の根幹、配送のインフラはニューブックが担っている。
そして現在、これまで培ってきた事業内容を基に、①ECサイト構築・管理運営、決済代行、②直販物流、③出版物流、④プリントオンデマンド事業、⑤物流管理システムの提供からなる総体として、フルフィルメントサービスを提供しているのが現在のニューブックである。
物流拠点・システム整備に注力
ニューブックは、海外でも同様にPODサービスを展開できるよう準備中。キーとなるブロックチェーンの存在を豊川社長が知ったのは、2016年頃のことだ。物流システムを自社で開発・運用している中で、データの改変・改修は大問題。暗号資産の価値を毀損することなく流通できる仕組みは、個人情報を含めかなりセキュアな情報を取り扱っていることもあり、非常に興味を惹かれたという。
近年でこそサブスクリプションのサービスも増えて日本のアニメコンテンツも人気があるが、その頃はまだ知名度の割にシェアが低く、かつ出版コンテンツで収益を上げられているものは少なかった。だが物流を手がけている者として、「日本の作品を世界に届けるサービスを作り上げたい」という思いが心にあったそうだ。
そうしたなか、物流やECの経験から世界のどこへでも印刷・製本して配送を行うことはできないか。データさえあれば受注・製造・販売は世界のどこでも可能にして、読者が「欲しい」と思った時にコンテンツを届けられるサービスを作れたら。そのために、ブロックチェーンというインフラは興味深いと感じた。ただ、莫大な開発コストを必要とすることも事実。とてもニューブックだけで賄えるものではないため、より多くの事業者・投資家と連携しながらサービスを展開していく必要がある。よりグローバルなサービスにしていくために、事業分離を決意。エクイティファイナンスも含めたサービス展開を行うこととした。PODで省資源化を進める取り組みは、近年の脱炭素社会を進める世界の趨勢にも合致したものと言えそうだ。
「僕は出版物流倉庫を営む会社の長男として生まれた。出版業界のおかげでこれまで生きてきたので、やはり『出版業界にどう貢献するか』が僕の中の重要な指針なんです」と豊川社長は語った。
【セルン】
ワンソース・マルチユースのプラットフォーム
PODサービスの海外展開も見据えた取り組みの中で、著作権管理・利用許諾や出版サプライチェーンの再構築も含めて実施することが、新たな出版流通構築の鍵となる。そのなかでセルンが果たす役割は大きい。現在の主な事業は、①オンライン書店サービス「BOOKSTORES.jp」、②AI高解度デジタルデータ化サービス「AkashicRecords(アカシックレコード)」、③入稿/プリフライトシステム「Bording(ボーディング)」、④コンテンツデータ、ベースクラウド「Ark(アーク)」である。豊川社長は、これを第一のフェーズ「ワンソースマルチユースの時代に最適化したプラットフォーム」とする。
超高画質撮影+AI処理による高品質POD
PODへの参入を決意した当時はデジタルプリントそのものへの評価が低く、市場流通するには料金や紙質、印刷レベルも納得がいかないとの意見が寄せられた。そのため、これは既存のオフセット印刷から置き換わるには時間がかかるものの、海外のPOD普及の動きを知る、情報感度の高いセルフパブリッシャーにリーチすることから始めようと、BOOKSTORES.jpの提供開始に至ったという。
その後、大手出版社の協力を得て、実装テスト、納入テストを実行。数年がかりで、オフセット印刷にも劣らないレベルまで品質を高めた。また、印刷用のデータを原本・フィルムから作成するプロジェクト(AkashicRecrds)も並行して推進。例えば印刷フィルムを1億画素のカメラで撮影してAIの高解像度処理を行い、4800dpi相当の画質でありながら容量を圧縮した超高解像度データを作成。印刷フィルムのスキャンではなく撮影により複写し印刷に耐えられるものにすること、そしてAIによる画像調整をいかに最適に行うかというチューニング、といった試行錯誤を積み重ねた末、精細な印刷を実現。十二分に出版社サイドの要求に耐え得るクオリティとなった。
BOOKSTORES.jpは、印刷可能なPDFデータを入稿すれば、受注~決済、印刷製本~発送までワンストップで対応でき、しかも受注分のみ印刷するPODのため在庫保管費用などはかからず、急な発注にも対応でき販売ロスを防ぐこともできる。すでにBOOKSTORES.jpを利用し、PODで印刷製本して販売している書籍もあるが、今後さらに大規模に展開していく予定だという。
スーパーロングテール作品の掘り起こしに貢献
特筆すべきは、AkashicRecordsでの旧版の掘り起こしだろう。中心は品切れ・重版未定、流通時には反響もあったが現状は在庫がないというタイトルだ。
2020(令和2)年に解散した、学術書の専門出版社であった創文社の一部商品を講談社が継承。出版社がなくなっても作品として需要があるタイトルを、原本をスキャンしデータ化して、新たにPODによる「創文社オンデマンド叢書」での取り扱いとし、オンラインでの専売を開始した。中でもトマス・アクィナス『神學大全』(全45巻39冊セット、税込26万7960円)は、学校図書館などからの注文もあり、20セット以上の販売を記録した。こうした大ヒットの需要はなくても確実に求められ続けることは間違いないスーパーロングテール商品には、PODが向いていると豊川社長は見る。
ほかにも、POD専売の大文字版講談社学術文庫が好評だ。高齢の読者が多い学術書というジャンルだけに文字のサイズを大きくした「大文字版が読みやすい」と好評を博している。超高齢化社会となった日本で、こうした取り組みによっても需要の掘り起こしが今後も進んでいきそうだ。
出版社のフィルム資産データ化を推進
セルン側では、出版社に今も保管されているであろう既刊のフィルムも今後データ化していけたらと考えている。フィルムの経年劣化によって再刷できなくなってしまうという事態を避けるためだ。また、いつ重版がかかるかわからず出版社・印刷会社で処分されてしまうフィルムも多い。そこで、現在さまざまなジャンルのフィルムを預かり、データ化しているという。豊川社長は「データ自体には、保管費用はかからない。必要なのは製造費用と配送費用だけです。それにデータ化することで、100年先の読者にもきれいな形で作品を届けられることは大きな魅力です」としている。
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