地方書店レポート「関西の『商魂』見せたるで!」 井戸書店 (兵庫県神戸市)森忠延さん

2022年10月13日

「震災を経験して『商売観』が大きく変わった」と森さん

 

非常識な本屋

 

 論語塾、落語会、ジャズ演奏会。イベントホールかと思いきや、れっきとした町の本屋さん。戦後、古書店として開業した井戸書店。1965年に新刊書店として法人化し、神戸市須磨区の板宿商店街で店を構える。3代目社長の森忠延さんは、多彩なイベントを仕掛けるアイデアマンとして近隣住民はもとより、出版界でも有名人。中小企業庁がまとめた「地域課題を解決する中小企業・NPO法人100の取組」でも紹介されるなど、地域貢献において行政からも一目置かれている。自らを「非常識な本屋」と標榜する森さんの商売への向き合い方を取材した。 【堀雅視】

 

板宿商店街の名物店

 

孔子の教え経営に生かす

 

 大阪市出身。中学、高校は卓球部。高校の文化祭で、各文化系クラブの発表会を見学した森さんは「俺らのほうが面白い。見るより見せる側に立ちたい」と一念発起し、仲間5人で落語研究会を結成するなど行動力あふれる青年だった。

 

 大阪大学に進み、卒業後、大手合成繊維・樹脂メーカー(東京)に就職。旅行先で知り合った現夫人の実家が井戸書店。地域に根付き、堅実に営んでいたが、後継者不在に頭を抱えていた。そこで森さんはサラリーマン生活10年の節目に退職を決意し、井戸書店に入社。「右も左もわからず、トーハン神戸支店に毎日通っていた」と畑違いの仕事に戸惑うも、「メーカーの仕事と違い、お客さんの顔が見える商売。親しくなるにつれ、どんどん面白くなっていった」と手応えを掴んでいく。

 

店内で落語を披露

 

噺家の熱い思い再び

 

 まだ出版が好況だった90年代から地域密着の必要性を感じ、読み聞かせを試みる。25坪の店内を有効活用すべく床にレールを敷き、可動棚を導入。多くの子どもが集まり目を輝かせた。

 

 高校卒業後は離れていた落語だが、50歳を機に「もう一度やりたい」と再燃。いまではアマ落語仲間が集まって披露する同店人気のイベントとなっている。

 

 約10年前からスタートしたのが、「板宿こども論語塾」。森さんがPTA会長をしていた頃、社会で道徳教育の見直しが注目され、保護者らの間でも話題になっていた。森さんが「当店で論語の勉強会でもしましょうか」と提案すると多くの賛同があり、論語塾が始動。毎月一回、孔子の教えを二章句ずつ紹介する。多いときには30人以上の子どもが集まり、保護者らにも好評だという。

 

 「読書会」は、選定した課題作品を会当日に輪読し、感想を語り合い、一文メッセージも作成する。狙いについて「本は読む人によって感じ方も違い、人の意見を聞くことで、この本は何を伝えたいのかなど新しい発見にもつながる」と話す。

 

感動本に「井戸推し」

 

モノからヒトへの視点に

 

 ベストセラーの商品構成に捉われない同店だが、「当然、商売として儲けることを第一に考えてきたが、阪神・淡路大震災を経験したことで、利益追求だけではいけないということを学び、モノからヒトへの視点が生まれた」と語る。

 

 真意を問うと、「震災発生時、店内は商品が散乱したものの、どうにか翌日から仕事ができた。しかし、周囲は避難所で過ごす人など様々。インターネットも発達していない当時は雑誌などで情報を求める。次は地図、道路が崩壊していたので、移動手段として原付バイクの教本を求める人も多かった」と27年前を振り返る。

 

 そして「新刊ばかり、売れ筋ばかりを並べることに違和感を抱き、住民が求める棚づくりを意識し始めた。孔子が伝えたいことも『思いやり』。自店のことだけ考えていては地域ではやっていけない。震災を機に商品に頼るだけでなく、『人』をしっかり見なければという考えに大きく変わった」という。

 

 経営理念に「我々は感動伝達人である」を掲げる井戸書店。自店で「感動本」を選書し、背に「井戸推し」と明示して理念通りの展開を進める。「本で感動を届けるのはもちろん、接客やイベントで喜んでもらうことも含めて『感動してほしい』『当店に関わるすべての人が幸せで、質の高い生活を送ってほしい』の思いを込めた」と話す。

 

 最後に「書店は本を売るだけの場ではなく、本をベースにコミュニケーションを図る場所。いろんな本を読んで感想を語り合う。町の課題に対して意見を出し合う。当店のみならず、社会全体が本屋はそういうコミュニティの場、イベントが行われる所なんだという環境になってほしい」と願っていた。