古くからモノを蒐集する趣味のある人はいて、コレクター、趣味人、好事家、通(つう)など、彼・彼女らを表す言葉は数多くある。そんなさまざまな人々が集める品々を『わたしのタカラモノ』と題して紹介。日本図書普及代表取締役社長・平井茂氏に、美術館に所蔵されるような装丁本の数々を披露していただいた。(編集制作室)
「本」の魅力に取りつかれ
この業界の方は「本の虫」が当然沢山いらっしゃる。趣味はと聞かれると「読書」ではなく「本」と答えることにしています。もちろん本を読むのは大好きですが、「本の虫」でも私は、装幀・印刷・用紙など外側の興味も強いのです。そんな話を文化通信社の山口代表と星野社長に話す機会があり、手前味噌ですが手元にあった本を披露したところ、興味を示していただき今回の記事が実現しました。貴重な紙面を提供していただいたことに感謝いたします。
東京に出てきて最初に訪れたのが、憧れの「本の街神保町」。国鉄(現JR)の神田で降りて人に聞きながら神保町に着いたときは感激しました。「本」の魅力に取りつかれ、以来、偶然にも私の手元に来た素晴らしい「本たち」を紹介します。
日夏耿之介の本に魅せられて
新刊・古本問わず書店を回っているうちに、引かれていったのが装幀などに凝った限定本。当然学生時代は高嶺の華で眺めているだけでした。翻訳本や三島由紀夫の初版本などを古本屋の親父に教えてもらい、少しずつ知識も増えてきました。
そのうちに詩人で英文学者の日夏耿之介を知り、凝った本が多い日夏本はお気に入りで永い付き合いになりました。野田書房の『大鴉』『海表集』、第一書房の『日夏耿之介定本詩集(三巻)』(1926年) など当時は古本屋で眺めてため息をついていました。
『日夏耿之介定本詩集』は日夏の詩と当時フランスに渡った長谷川潔の銅版画、そして革の装幀がマッチした第一書房ならではの素晴らしい作品です。ただ日夏は最後まで日本語文字の活字には満足していないようでした。
沢山の挿画を日夏の盟友・長谷川潔が銅版画で飾った『竹取物語』は、1933年にフランスで出版されました。紙は日本から鳥の子紙を取り寄せ、王朝風の挿画がフランス語の文字とマッチしてとても綺麗な本です。
ケルムスコット・プレスの本の魅力
1991年日本橋丸善にて開催された「ケルムスコット・プレス設立100周年」の展覧会で初めて全作品を観ることができ、本の美しさに感激しました。日夏も本造りで意識していたのがケルムスコットで『キーツ詩集』を入手していました。
1852年6月、イギリスのオックスフォード大学の入試試験会場、ウィリアム・モリスとバーン・ジョーンズは隣合う席になる。この偶然が後日歴史に残る藝術作品の誕生に繋がるのです。
モリスが「理想の書物」を求めて出版活動を始めたケルムスコット・プレスで、貴重な53作品を刊行しました。良い本とは何かを探求、理想の活字や装飾文字をデザインし、字間・行間・印刷面の位置、特注の手漉きの紙、海外から取り寄せたインク等々気のすむまで追求したのです。
モリスは活字以前の中世の手彩飾本のコレクターでもあり、本を飾る理想の挿画をバーン・ジョーンズの木版画によって実現できたのです。
展覧会や洋書の展示会等で観ているうちに、眺めているだけでは満足できなくなり、イギリスのネットオークションで入手したのが1892年発行の『ゴチックの建築(十六折本)』。小さな本ですが遂にケルムスコットが手元に来ました。
その後大好きな画家バーン・ジョーンズの木版画が入った本を3冊も手元に置くことができました。特に『愛こそすべて』(1898年) は四折本で三色印刷、表紙のヴェラム(羊皮紙)の状態も良く、これ以上の本は無いほど気に入っています。手漉きの紙は130年近く経っているのにどれも状態は良く、プレスされた活字の跡がシャープで、まるで最近印刷されたようです。
細工の凝った手装幀の本
機械製本と違う手製本をポピュラーにしてくれたのが、栃折久美子氏やティニ・ミウラ氏など。この種の本は個人で装幀を依頼して初めてできるため、中々手に入りませんが、三島由紀夫『豊饒の海』の初版を栃折工房で装幀した本は、4色の子羊革が四部作にマッチしたとても奇麗な装幀です。
ティニ女史の『私の製本装幀藝術の世界』に紹介された『プレ・グーテンベルク時代』を入手でき、高い技術の仕事を手元で確認でき感激しました。また、彼女が自著を自ら装幀した本は、細かい革の細工が見事です。小口はプラチナの箔押しで金箔とは輝きが違う豪華本で、何と桐の箱に入っていました。可愛い本たちですが私も歳で、そろそろこの子たちの行方も考えなくてはと思っています。