日本文学振興会主催の第170回芥川賞・直木賞の選考会が1月17日、東京都内で開かれた。芥川賞には九段理江さんの『東京都同情塔』(「新潮」12月号)が、直木賞は河﨑秋子さんの『ともぐい』(新潮社)と、万城目学さんの『八月の御所グラウンド』(文藝春秋)がそれぞれ選ばれた。
芥川賞の九段さんは1990年生まれ。2021年に『悪い音楽』で第126回文學界新人賞を受賞してデビュー。『Schoolgirl』で第166回芥川賞候補、第73回芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。23年『しをかくうま』で第45回野間文芸新人賞を受賞。
『東京都同情塔』は、「ザハの国立競技場が完成し、寛容論が浸透したもう一つの日本で、新しい刑務所『シンパシータワートーキョー』が建てられることに。犯罪者に寛容になれない建築家・牧名は、仕事と信条の乖離に苦悩しながら、パワフルに未来を追求する。ゆるふわな言葉と実のない正義の関係を豊かなフロウで暴く、生成AI時代の預言の書」(新潮社サイトから)。
受賞作について、芥川賞の選考委員を代表して、作家の吉田修一さんは「欠点を探すのが難しい完成度の高い作品だと、審査員が口をそろえて言っていた。純文学でありながらエンターテインメント性もあり、多くの読者が面白く読める作品ではないだろうか。最近の芥川賞の中でも希有な作品」と高く評価した。
受賞記者会見で九段さんは、「好きで書き始めた小説だが、一人だけでは書き続けられない。力をくれる出版社、家族、友人、楽しんで読んでくれる人たちに感謝を伝えたい」と喜んだ。また、「この作品のテーマでもある『アンビルト(実現しない建築)』のように、本当に完成するか、ぐらぐらとしている小説だと思っている。そういった部分を含めて完成度が高いと言ってもらえたならうれしい」と話した。
AI時代に小説を書くことについて聞かれると、「この作品全体のだいたい5%くらいは、『チャットGPT』のような生成AIの文章をそのまま使っている。これからも(AIを)うまく利用しながら、自分の創造性を発揮できるような付き合い方をしていきたい」との考えを示した。
北海道で書き続ける
直木賞の河﨑さんは、1979年生まれ。北海学園大学経済学部卒業後、ニュージーランドで1年間緬羊飼育を学ぶ。帰国後、酪農を営む実家で従業員と羊飼いをしながら小説執筆を開始。2012年『東陬遺事(とうすういじ)』で第46回北海道新聞文学賞、14年『颶風の王(ぐふうのおう)』で三浦綾子文学賞、16年同作でJRA賞馬事文化賞を受賞。19年十勝管内に転居し、以後は執筆に専念している。
『ともぐい』は「明治後期の北海道の山で、猟師というより獣そのものの嗅覚で獲物と対峙する男、熊爪。図らずも我が領分を侵した穴持たずの熊、蠱惑的な盲目の少女、ロシアとの戦争に向かってきな臭さを漂わせる時代の変化…。すべてが運命を狂わせてゆく」(新潮社サイトから)。
河﨑さんは「子どもの頃から本を読むことが大好きで、北海道の道東で育ち、読書が一番の娯楽でもあった。読書を通して世の中や世界を知った。私がたくさんの作品から感銘を受けたように、この作品が読者の心に何かを届けられたらいいなと思う」と語った。
「北海道で書き続けるのか」と地元紙の記者に聞かれると、「まだまだ北海道で調べたいこと、掘り出したいことがたくさんある。今のところ北海道から居を移す予定はない」と言い、「能登半島地震などもあり、小説に何ができるかというのは短時間で結論が出るものではないが、現実をどう見て、何を残すか、襟を正して研鑽を重ねていきたい」と思いを込めた。
「6度目」の正直に
同じく直木賞の万城目さんは、1976年生まれ。京都大学法学部卒。2006年、第4回ボイルドエッグズ新人賞を受賞した『鴨川ホルモー』でデビューした。07年『鹿男あをによし』で第137回直木賞候補。09年『プリンセス・トヨトミ』で第141回直木賞候補。10年『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』で第143回直木賞候補。13年『とっぴんぱらりの風太郎』で第150回直木賞候補。14年『悟浄出立』で第152回直木賞候補。今回が6回目の直木賞ノミネートとなった。
『八月の御所グラウンド』は、「女子全国高校駅伝―都大路にピンチランナーとして挑む、絶望的に方向音痴な女子高校生。謎の草野球大会―借金のカタに、早朝の御所G(グラウンド)でたまひで杯に参加する羽目になった大学生。京都で起きる、幻のような出会いが生んだドラマとは──。今度のマキメは、じんわり優しく、少し切ない 青春の、愛しく、ほろ苦い味わいを綴る感動作2篇」(文藝春秋サイトから)。
万城目さんは「初候補から約17年、6度目ともなると、まったく緊張もせず過ごしていたので、受賞はびっくりした。今回も(直木賞と)すれ違うと思っていたが、17年もたつと袖ふりあったなと感じている」と話し、会場をわかせた。また、「久しぶりに京都の話を書いて賞をもらうことができたので、本当に京都におんぶに抱っこな作家だと思う」とも語った。
直木賞の選考委員を務めた作家の林真理子さんは、この作品を「日常の中に非日常がふわっと入り込んでいる」と絶賛。万城目さんは「今回は執筆後に、今までとは違うものができたという手応えがあった。今ではそれが何だったか、あまり覚えていないが」と振り返った。