独立系書店が生き延びるための“ウリ”やノウハウを紹介する連載の第3回。島根県松江市で、セレクトショップ型書店のartos Book Storeを運営している西村史之さんに話を聞いた。【市川真千子】
街の書店からセレクトショップへ
島根県松江市で存在感を放つセレクトショップ型書店のartos Book Store。「衣食住」をテーマに、書籍だけでなく工芸品、アパレル、オーディオ類等の生活雑貨を厳選してそろえ、毎月、企画展やワークショップを開催。外商として県内の大学や美術館へ選書も行っている。商品の仕入れや販売、イベントの企画・準備まで、西村さん夫妻が2人で運営する。
書籍の在庫数は1,100冊、売場は10坪。「小さな店で商品も少ないので、目的買いではなく、こちらから提案して手に取っていただくような店づくりをしている」と西村さんは話す。書籍は面陳を中心にゆとりを持って並べ、特に装丁の美しい本を選び抜いている。イメージと違えば、仕入れ後に返品することもあるほどだ。工芸品やアパレルも、ほかの店では手に入らない品など付加価値の高いものを仕入れているという。
1966年に先代が、前身となる「西村書店」を創業。いわゆる街の書店として書籍や雑誌、コミックなどオールジャンルを取り扱ってきたが、92年に他界。西村さんが経営を引き継ぎ、2005年に現在の形へフルリニューアルした。「本屋を続けたい気持ちが強かったが、先代のやり方では難しいと感じた」と西村さん。背景として大型書店とコンビニエンスストアの台頭があった。車が必須の地方都市において、広い駐車場を併設する大型書店は脅威となり、さらにコンビニエンスストアに雑誌類の売上が奪われつつあったのだ。当時の売上はスーパーマーケットや病院の売店への外商が主力となっており、経営がひっ迫していたわけではない。しかし将来を見越してリニューアルに踏み切り、それらの取引も白紙に戻した。その後、ネット通販や電子書籍が普及、コンビニエンスストアが売店への卸販売にも進出し始めたという。「あのまま続けていたら廃業に追い込まれていた」と西村さんは振り返る。
企画展の開催で集客に成功
当時、ちょうど“スローライフ”という価値観が浸透し、ライフスタイルを彩るアイテムが見直され始めていた時代。西村さん夫妻も強く興味のある分野で、衣食住をテーマに商品をそろえようと決めた。とはいえ、「松江は店の数が少なく保守的なところがあり、リニューアル当初は集客に苦労した」という。書籍以外の仕入れのノウハウも全くなかったが、工芸品の作家のSNSへのDMやメールで熱い思いを伝えたり、地道に交渉を続けていると、理念に賛同する人がつながり、取引先も増えていった。
また、企画展の開催を始めたことで集客率が変化したという。卸をしていないブランドのデザイナーと交渉したり、企画展でも付加価値を大切にして商品を展開する。「松江にはそのような店が少ないが、ネット通販ではなく実店舗を求めている人がとても多い。どこで情報を聞きつけたのだろうと驚くほど人が集まることもある」。企画展では毎回、売上目標を100万円と定め、借りている商品にどこまで恩返しができるかという気持ちで挑む。粗利で50万円上がれば満足だ。アパレルや雑貨類は掛け率が書籍より低いため、効果的に利益が出る。今では書籍の売上が4割、生活雑貨の売上が6割を占め、リニューアル前よりも黒字を得ることに成功している。
松江という街について、「“本当に良いもの”を求めている人が多い。たとえ高額でも、店が商品とつなげる役割をきちんと果たせば、お客さんは応えてくれる」と話す。「今自分たちがやりたいことのピントが、お客さんに合っていると感じているので、これからもブレずに続けていきたい。そのためにはお客さんの年齢層に寄り添ったり、時代の変化を見逃さず、精査を続けていく必要がある」と展望を語った。
□所在地:島根県松江市南田町7-21
□仕入れ:トーハン、出版社直取引
西村史之さん
1966年生まれ。大学卒業後、リース会社に就職。92年より前身である西村書店の経営を引き継ぎ、2005年にリニューアル、artos Book Store(アルトスブックストア)として再スタート。