東急時代、シニア事業を担当していた当時、山崎伸治さんには多くの学びをいただいた。介護が必要になるのは4人に一人、多くの高齢者は元気で、若い世代と同様に人生を楽しみたいのだから、「年寄扱いしてはダメ」という考え方で取り組んだ有料老人ホームやデイサービス事業は、おかげで良い評価を得られているようである。その後、苦境に陥った会社を救いたい一心で、自らの金で穴埋めする不正経理操作で引責辞任し、上場廃止という奈落を経験する。しかし、手を差し伸べる人も多かった。現在、多くの経営者にアドバイスするマーケターでもあり、また、得度し僧侶として人間学のエキスパートでもある山崎さんに、活字業界を俯瞰して思うところを聞いた。【聞き手・山口健】
──山崎さんは50歳以上のシニア層に対するマーケティングの専門会社として株式会社シニアコミュニケーションを創業しました。当時はどのような思いで会社を立ち上げたのですか。
大学時代は官僚を目指していましたが、公務員試験に合格したものの、より自由度が高く、広い視野で社会に貢献したいと考え、民間の銀行に就職しました。そこを辞めて外資系戦略コンサルティング会社に参画したとき、経営者と投資家になろうと決め、2000年にシニアマーケットの専門会社である株式会社シニアコミュニケーションを創業しました。
世界的な定義で「高齢化社会」とは全人口の7%を65歳以上の人が占めることを言い、それが14%以上を占めると「高齢社会」と言います。会社を始めた当時、高齢者はシルバーと呼ばれるのが一般的でしたが、その言葉はどうも「お年寄り」の感じが強い。高齢者の皆さんは、さまざまなノウハウを持っているのはもちろん、見識も高く、私にとって尊敬できる存在でした。ですから、シルバーではなくシニアという方がポジティブだと考え、そう呼ぶことにしました。
その頃、日本にアクティブシニアを研究する機関もありませんでしたので、新会社をつくって徹底的に彼らを調査して回ったんです。そうやってシニアの方々のネットワークをつくり、雑誌も発行し、そこで集まった声などを、いろいろな企業がシニア向けの商品を開発する際に提供したりしました。コンサルティングのサポートや商品のプロモーションも手伝いました。
あれから20年以上が経ち、総務省によると、今では総人口に占める高齢者人口の割合が29・1%と過去最高になっています。マーケティングの世界では、3割を超えると物事の空気感が変わると言われます。65歳以上の人たちはもともと力も持っていたんですが、今は彼らの存在感がますます高まっています。消費という観点でみても、大きな影響力を持ち出しています。
例えばテレビでも、本当に見ているのはシニアの方々が多いのに、「F1層・M1層に見てもらえる番組づくりを」と無理しているようにも感じます。ですからユーチューブに流れている動画を基にした番組が増えたりして、もちろんシニアはつまらないし、結局ユーチューブ世代にも「テレビはあまり面白くない」と思われるようになっています。
シニアマーケットを長年見てきた私からすると、いろいろなことがとてもちぐはぐに感じます。今はシニアが圧倒的な存在感を持っているんだということを認識したうえで、若い人たちとのコミュニケーションの仕方を考える必要があるでしょう。
マーケティングの力で社会を変える
──その後、紆余曲折を経て新たな会社を始められました。
会社を救いたい一心で、役員が自らの金で穴埋めする粉飾経理で引責辞任し上場廃止した2010年に、新たにソーシャルマーケティング研究所を設立しました。
「マーケティングの力で社会を変える」をテーマに掲げ、社会的問題解決に挑む大企業、ソーシャルベンチャー、団体などに対する総合コンサルティング事業を展開しています。具体的には、大企業の顧問先を複数持ちながら、これまで培ってきた戦略的知見やネットワークを生かして、それぞれの領域で頑張っている会社の成長スピードを加速させる手伝いをしています。
一方、ソーシャルビジネス・パートナーズというグループ会社で、社会性のある企業への投資・育成事業、社会的インキュベーションファンド「 サクラサク」の運営も行っています。投資するテーマは主に、日本の労働力不足を解消し活性化する事業、日本をブランディングする事業、教育事業の3つです。いずれも社会貢献度の高い事業が対象です。
例えば、日本のブランディングで言いますと、インバウンドとアウトバウンドの活性化です。シンプルに言って「日本はもっと格好良くならなあかん」のです。世界中に日本が好きな人を増やしたい。そのための国際的なマーケティングに国はお金を使うべきだと思います。
──マーケティングにもっとお金を使うというのはどういうことでしょうか。
私は、マーケティングは「技術」だと思っています。この技術力を使って企業や商品、サービス、人をどう活性化していくか。また、それらのレベルにとどまらず、国や地方自治体にもマーケティングの感覚や手法は必要です。そういった社会全体をマーケティングの力で変えていこうというのが、「ソーシャルマーケティング」という考え方です。
ですから、「新聞業界はこれからどうするべきか」「出版業界は…」という問題も、もっとマーケティングを取り入れて考えていけば、おそらく「解」が見つかるはずなんです。そうではなく、文化論や観念論として語り過ぎてしまうと、袋小路に陥ってしまうのではないでしょうか。
地方の新聞社は「関係人口」をもっと読者に
──当紙の読者には地方紙や地域紙という地域に根ざした新聞発行、ビジネスを展開している企業があります。マーケティングの力で「地域活性化」につながる方策などがありますか。
私もマーケティングで地域をどう変えられるか、どんな人たちをどれくらい地域に呼び込めるかを考え、地域から日本を変えていこうと取り組んでいます。地域社会にもそれぞれやりたいことや願いがあるでしょう。もっと知名度上げたいとか、特産品が売れてほしいとか、観光客を増やしたいとかです。そういった課題に対して、私たちができるのは「どうやったら地域社会がハッピーになれるか」の提案です。
これはどんな地域に根ざす企業にも言えることですが、物事を「住民」ベースだけで考えるのではなく、もっと「関係人口」を含めて考えるべきだと思うんです。私は大阪市出身ですからいまだに地元のことは気になりますし、大学時代から8年半いた京都のこともずっと関係があると思うわけです。これをなぜ重要視しないのでしょうか。
新聞でいえば、「読者」という発想をもっと変えればいいと思います。地域にいる「住民」だけを捉えると、それはやっぱり減っていくでしょう。しかし、例えば香川県出身で今、東京で活躍している人はたくさんいます。そんな彼らも香川県内のことについて興味はあるし、地元をサポートしたいと思っているんです。そういった人たちも「読者」と捉え、彼らがどんな情報を欲しているのか、彼らに読んでもらえるようなものを作り届けられないか、マーケティング的にもっと突き詰めて考えていけると思います。
ブッダの言葉に感銘受け僧侶に
──山崎さんは最近、「僧侶社長」という肩書きもあるそうですね。
経営参謀・投資家としての仕事とともに、「日本で唯一、上場と上場廃止を経験した僧侶、京大卒・僧侶社長の慈友(じゆう)」としても活動しています。ユーチューブ「僧侶社長チャンネル」でビジネス、起業、経営などのタイムリーな話題について発信したり、講演やセミナーで話したりしています。
4年前に浄土真宗で得度(とくど)して僧侶となりました。なぜかというと、「経営」というもののやり方は、その時代、その時代で常に変わっていきますが、一方で「経営者」としてどうあるべきかという本質は、どの時代であっても不変的なものだと思っています。学生時代からさまざまな宗教に興味があり、本を読んだりして勉強してきましたが、仏教の創始者であるブッダの「仏教は宗教ではない。真理を追求する科学だ」という言葉にとても感銘を受けたんです。
私自身、外資系戦略コンサルティング会社にいたとき、ロジカルシンキング(論理的思考)をたたき込まれましたので、ちょっとしたことでもロジックに破綻があると、すごく気持ち悪くなるんです。そんな私から見ても、仏教の論理は完璧で破綻がほとんどない。それは本当に真理を追求しているからこそだと腹落ちしたんです。そこからより興味を持って、経営者をしながら仏教も相変わらず勉強していたんです。
私は大手企業の経営顧問をいくつかやらせていただいていますが、「教育」は本来、結果よりも機会の平等こそが重要だと考えています。お金持ちもそうでない人も、都会の人も地方の人も、みんなが等しく教育を受ける権利があります。
私自身はこれまで、自ら会社を創業し経営者として上場も経験していれば、その廃止も経験してきました。そして、そこから復活して今があります。こういった経験は、今のスタートアップの若い経営者にしてみれば、とても面白く、参考になることも多いでしょう。そういった経験を、次の世代の経営者にしっかりと引き継いでいくことも、自分の役割だと考えています。
ですから、僧侶という立場で「法話」として私が話せば、高いお金を払ってくださる方々と同様に、そうではない人たちにも等しく、広く伝えられるのではないかと考えました。その手段のひとつとして「僧侶社長」という肩書きも使っているんです。ただ、仏教については学べば学ぶほど、経営者として生きる道が示されていくと実感しています。
今の読者には最大限の感謝を
──「僧侶社長」として新聞社、出版社の経営者にささるような言葉があればぜひ紹介してください。
仏教の根本にある三つの概念(思想)として、「諸行無常(しょぎょうむじょう)」「諸法無我(しょほうむが)」「涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)」があります。中でも、私なりに仏教の根幹を成すのは諸行無常だと考えています。諸行無常は簡単に言うと、「この世に変わらないものは何一つなく、すべては変わり続けている」ということです。
例えば、現在の自分が良い状態でしたら、誰もがこのまま変わらないでほしいと願います。しかし、世の中というのは変わっていくものです。そうすると、変わってしまったことを嘆き、がっかりする。もちろん、その逆もあります。
人は自分の望む未来が変わらないから、思いどおりにならないから、がっかりするんです。そして執着、恐れ、怒りを持つ。しかし、そもそも変わっていくものだと考えると、どうでしょう。「この時、この一瞬にしか真実はない」と考えればいいんです。
そう考えるとまず、今の読者やユーザーには最大限の感謝を示すべきです。そして、その人たちも変わっていくということを大前提に物事を考えることです。もしかすると、新聞も出版も読者が残ってくれていることを当たり前だと思っていないでしょうか。残ってくれている人たちには感謝しかないですし、あるいは残らないのが当たり前だとしたら、今この瞬間にやれることは変わってくるでしょう。残らないのが当たり前ならば、新しい人たちをどう取り込んでいくかをもっと真剣に考えなくてはだめなんです。
若い人も「まとめ」がほしい
──若い人は新聞や本を読まなくなりました。若い世代に向けてアプローチしたい新聞社、出版社に対してマーケティングの視点から何かアドバイスをするとしたら。
先ほどの諸行無常で言いますと、若い彼らも年齢を重ねるにつれて変わっていきますが、みんなが今のシニアのようになることは絶対にありません。ですから今のシニア層にウケていることが、未来のシニアにもウケるなんてことはないでしょう。
今の若い世代は紙とデジタルをうまく使い分けています。そして、タイムパフォーマンス(タイパ)、コストパフォーマンス(コスパ)を大事にしています。そんな彼らからすると、「紙はコスパが悪そう」とか「デジタルよりタイパがよくない」と思うかもしれません。もちろん紙の新聞にも自分が読みたい情報は載っていますが、大半(の情報)はいらないと思っている。あえて紙で読む必要がない情報が多くの割合を占めている新聞を、買う気にならないのでしょう。
それまでは紙の新聞だけだったところに、デジタルが現れた。その両方を使い分けることを前提に在り方を考えると、タイムリーな情報は圧倒的にデジタルです。ですから即時的なニュースは紙に載せないぐらいにしてもいいかもしれません。
ただ、若い人たちも「まとめ」がほしいんです。例えば、ガザ紛争やパレスチナ問題について賢いことを言いたい。あるいは自分のSNSで発信するとき、ずれたこと言いたくない。そのためにはネット上の偏った情報ではなく、新聞社が発信する正確な情報がいいんです。
ですから、個人的には紙の新聞はむしろ毎日でなくていいので、その週に起こったことを1週間に1回、ずらっとまとめて解説してくれたり、ニュースの視点を明らかにしてくれるみたいなものだったら、若い人にもニーズがあるのではという気もします。
私たちの時代の新聞記者といえば一流の人ばかりで、その上の世代になると超一流というイメージです。そんな記者があの政治家をどう見てるのか、あの国際問題をどう整理するのか、彼らが書く記事には多くの人が興味・関心を持ちました。
今の若者は私たちの時代に比べて勉強熱心だったり、真面目な子が多いといいますよね。そういった若者たちが読み続けたいと思うような新聞を、今の新聞社の人たちにもきっと作れるはずです。
「ポジショニング」の考えが重要
──新聞も出版もこれから何が必要になってくるでしょうか。
私たちの世代から若者まで、日本人には新聞社に対する信用があります。ブランディングを考えると、それが一番の武器でしょう。週刊誌やネットなどさまざまな媒体がある中で、「新聞社が言っているんだから」と考えるのは、若い世代ほどあるかと思います。
ですから、何かの問題を掘り下げて報じたり、その全体像を分かりやすく示してあげるのが新聞の仕事ですし、人々はそれをより信用します。一方で、出版社や雑誌社には新聞よりも小回りが利くような、より専門性の高い情報の発信が期待されます。そして、新聞も出版も誰が選んでいるかという編集力、目利き力がより重要になってくると思います。
今は「オタク」や「推し活」という言葉どおり、各人の関心の度合いが分散化しています。そうなると、昔みたいな総花的なもので満足する人はどんどん減っていて、例えば阪神ファンならばめちゃくちゃ深掘りした阪神の情報がほしくなります。もちろんネットで深掘りすることもできますが、やはり信頼性という意味では、今のところ新聞や本、雑誌の情報の方が上だと思います。
今のSNSのプレーヤーたちもリアルの本を出したがります。これは新聞も含め、紙に残せるということが1ランク上と思われているからです。こういった紙の持つブランドの差をもっと有効に活用することを考えた方がいいでしょう。
マーケティングの世界で言うと、ポジショニングの話です。新聞も出版も、若者やシニアに対してどういったポジショニングを取っていくのか。それをしっかりと考え、クリアにさえすれば、苦境は脱却できると考えています。
──近く経営者の皆さんに直接お話ししていただく機会を設けたいと思います。本日はありがとうございました。