事業や出版物の路線変更、ヒット作創出のための工夫など、出版社の得意技について聞く連載。今回は、ブロンズ新社の代表取締役社長であり、編集長でもある若月眞知子さんにロングセラーを生み出す秘訣を聞いた。【水本晶子】
指定配本でロスを大幅に削減
今年40周年を迎えた同社は、書店が希望する冊数を配本の約1カ月前に受注し、それをベースに初版部数を決め、指定配本する形をとっている。
代表取締役社長の若月眞知子さんは、「本を息長く売るには、どうしたらよいのだろうと考えてきた。文芸書から児童書にシフトしたのも、自転車操業を見直したいという思いがあったから。ミニマムの初版でスタートしても、ロングセラー商品として版を重ねていけるのが出版のよいところ。受注冊数のみを指定配本することによって、書店の信頼も得られるようになり、それが結果的に返本減少と売り伸ばしにつながった」と話す。現在の年間の取次返品率は15%前後。直販を入れるともっと下がるという。返品や断裁の手間が削減され、結果的に効率がアップし、売上にもつながっている。
一方、ロングセラーを目指すなら、長く読みつがれるものでなくてはならない。「やはり魅力的なよい本を作ることが一番大切。とにかく一冊一冊を丁寧に作る。なかには企画から完成まで10年かけて出版するものもある」と若月さん。
〝読者は0歳から120歳、知的好奇心を触発する本を〟という思いから児童書作りを始めた同社。若月さんは「老舗の児童書版元がよい本をたくさん出されてきた土壌があるので、後発の小社は、少し〝やんちゃ〟な本を作っていきたいと思っている。小社の本が読者の好奇心を刺激し、自分で考えたり確かめたりするきっかけになれば」と話す。児童書がこれまであまり扱ってこなかったテーマを、楽しくユーモアを交えながら伝える本は、同社の売上を大きく支えるロングセラーとなっている。
販促や広報は一冊ごとに丁寧に当たる。新刊は発売の3カ月前に、社員と全国各地の営業スタッフ全員に向けて、担当編集者が内容を共有、その本が生まれたバックグラウンドや著者の思いを説明する。そこから販促物の制作や広報の展開を決める。少人数でもクオリティの高い仕事ができているのは、情報共有を徹底しているからだ。定期的なミーティングによって情報を常にオープンにすることがチーム力アップにつながっている。
また、それぞれの本の周年記念フェアを企画し、大型の読者プレゼントも行われている。本の主人公がプリントされた巾着袋やカトラリー、PCケースなどのオリジナルグッズを1000~3000セット用意し、抽選でプレゼントするという読者還元企画だ。通常年よりも売上が150%になることもあるという。最近では、かがくいひろしさんの「だるまさん」シリーズ刊行15年目にしてボードブックを発売。発売3カ月で20万部となっている。発刊後、20~30年経っている本もメリハリをつけて売り伸ばし、さらなるロングセラーを生み出せるのが同社の強みだ。
「書店大賞」で作家、書店員、出版社が交流
同社では、10年前から全国の書店員と作家、出版社の3者が出会える場を作ろうと「書店大賞」を始めた。
若月さんは「小社の売り先はほとんどが書店。店頭で働く書店員さんたちが私たちの本を売ってくれていることに感謝の意を伝える賞だ。書店員さんは、この本が好きだからと自発的にディスプレイしたり、POPを書いたりしてくれる。その書店員と作家が直接会う機会をつくれるのは版元。授賞式とパーティで、作家さんも自分の本を売ってくれている書店員さんと直接話ができる。アトリエで、一人で作品に向き合っている作家さんも、こんなに多くの人に支えられて本が読者に届くことを実感して喜んでくれたり、『もっといい仕事しなきゃ』と言ってくれたりすることがうれしい。本に情熱を持って仕事していることがお互いに伝え合える場になっていると思う」と話す。作家、書店、出版社の3者が交流することで、それぞれの鋭気が養われ、いい本が生まれ、売れるという循環にもつながっているという。
「児童書も時代に合わせて進化している。新しい才能と出会って、これまでなかった絵本がつくれれば」と若月さん。新たな児童書の未来形を目指す。
□創業年=1983年
□所在地=東京都渋谷区神宮前6-31-15 マンション31-3B
□売上高=11億438万円(2023年8月期)
□年間刊行点数=10点
□従業員数=31名(2024年3月時点)
若月眞知子さん
編集者、ブロンズ新社代表取締役社長。1949年生まれ。33歳でブロンズ新社を設立。当初は国内外の文学・評論を発行していたが、90年に初の絵本『らくがき絵本』を編集・出版。30周年を機に 書店大賞」を設立した。