出版文化産業振興財団(JPIC)は、昨年10月から開催してきた「書店・図書館等関係者における対話の場」での議論の内容をまとめ、公表した。日本図書館協会(日図協)、文部科学省総合教育政策局と連携して、書店・公共図書館・出版社・著者・自治体の関係者が参加した会議では、公共図書館がベストセラーなどを大量に貸す「複本問題」などについて話し合った。今後、JPICと日図協は「関係者協議会」を設置し、対話の場で上がった課題を解決すべく、具体的に取り組むとしている。
対話の場は、自由民主党「街の本屋さんを元気にして、日本の文化を守る議員連盟」の第一次提言の要求を受けて設置された。「著者、出版社、書店と図書館との共存・共栄による新たな価値創造を推進」するための有識者会議。JPICと日図協、文科省の共催で、事務局は文科省が担当した。構成員は、著者・書店・出版・図書館・自治体各関係団体の計14人。座長は大場博幸日大教授(図書館情報学)、副座長は松木修一JPIC専務理事、岡部幸祐日図協専務理事兼事務局長が務めた。
JPICなどによると、主に、エンターテインメントジャンルのベストセラーや人気作家の最新刊を、何十冊も購入し、数年先まで「予約待ち」の利用者が出て、「無料貸本屋」と批判されてきた複本問題は、「影響あり」とする出版界と、「影響なし」とする図書館界とのあいだで、溝が埋まらないまま、大きな対立点となってきたという。
「対話の場」では、座長である大場教授の論文「公共図書館の所蔵・貸出と新刊書籍市場との関係」(2023年)に基づき、①全体として図書館による新刊書籍市場へのマイナスの影響は大きくないこと②少数の売上部数の多いタイトルへの影響は小さくないことが確認され、複本の影響について、対話の場での共通認識とされた。 「出版・図書館関係者が参加する会議の場で、『複本の新刊への影響はある』と合意できたのは初めてのこと」と成果を強調した。
また、装備無料・値引きの実態についても話し合われた。納入の際、図書館から定価の値引き販売が求められるだけでなく、250円ほどかかるビニール張りなどの装備の無料が求められ、利益を圧迫することが問題になっていた。一方、図書館側も資料費削減のなかで、1円でも安くという行政組織上の要請や、装備にもいろいろな条件があり、地元書店にお願いしたくでも、専門の会社にお願いせざるを得ないとの事情も示された。
「そのような中、対話の場では図書館を含む自治体に対して、装備代の書店負担について改めて検討するべきとし、装備代も含めた図書購入が可能となるよう図書館と書店や出版社は協力して、予算増を求めていくことが重要だとした」と報告している。
対話の場で提起された課題を実現するため、関係者協議会を設け、ジャンル別のワーキンググループで詰め、一年以内に取り組みを具体化する。本や装備・値引きに関しては、「現場の頼りになるようなルールやガイドラインなどの仕組み、書店・図書館の協働に関しては、意欲のある現場の図書館員さんと組み、パイロット版となるような先進的な取り組みを実施したい。特に、完成間近の書店在庫情報システムを使った相互乗り入れは、実証実験まで持っていく」としている。
書店・図書館など「対話の場」まとめ(要旨)
出版文化産業振興財団(JPIC)は、昨年10月から開催してきた「書店・図書館等関係者における対話の場」での議論の内容をまとめ、公表した。要旨は次の通り。
書店・図書館等の連携促進に向けて(書店・図書館等の連携を図る上での検討事項について)
自由民主党「街の本屋さんを元気にして、日本の文化を守る議員連盟」の第一次提言では、書店と図書館の連携促進に係り、例えば過度な複本購入や地元書店からの優先仕入れの推奨、図書館と書店が共存できるルールづくりの検討が求められた。
第一に、複本問題および図書館の所蔵・貸出が書店等の売上に及ぼす影響について次のことを確認した。
日本図書館協会の調査によればベストセラー本の複本は平均1・46冊で、図書館の約6割の図書館の複本は「2冊未満」で過度とはいえない状況にある。
また、全国の公共図書館の所蔵・貸出が新刊書籍市場に与える影響について分析した2023年の実証研究は、①平均すれば、全体として図書館による新刊書籍市場の売上へのマイナスの影響は大きくないことを示した。ただし、②同時にそれは一部のベストセラーに限ればマイナスの影響が小さくないことも付け加えている。
これらについて、複本にかかる本対話の場での共通認識とされた。
これに対し、図書館市場に買い支えられている小規模出版社も多いとされ、図書館は文芸やエンターテインメント、学術など多様な本を収蔵する場であり、多様な利用者がいる中で売上への影響のみに着目して、所蔵や貸出を議論することはできないとの意見があった。
第二に、図書館の地元書店からの購入について次のことを確認した。図書館設置自治体にある書店または書店組合からの購入は非常に多い。自治体内のみから購入する図書館は28%、自治体内外の併用が66%であり、自治体内外を併用している図書館でも、多くはそのほとんどを自治体内で購入している。
一方で、装備を含めた上での定価購入や、それに加えて割引による購入を求める自治体は一定数ある。その結果、書店側が十分に利益を得られていないケースもみられる。
これに対し、図書館と書店の連携促進の観点から地元書店からの購入を推奨するにあたっては、各自治体における購入方法に対して装備に係るコストへの考慮を求める必要があるとの意見があった。
そのほか、図書館の資料購入についてのガイドラインの策定や複本で購入する数の基準の明示を求める意見、まだ新刊で入手できる書籍を、複本で揃えるために図書館への寄贈を呼びかけることを問題視する意見、書籍の売上に影響する要因についてのさらなる実証調査や、図書館員・書店員に対するアンケートによる現場の意見聴取等が必要だという意見もあった。
これらを踏まえ、以下について図書館、書店、出版等関係者へ共通理解や検討を求めていく必要がある。
〇複本や購入のあり方については、形式的なルール等よりもまずは関係者間の相互理解が重要である。複本への問題提起に対して、書店、出版等関係者は、先述の①にあるように図書館による売上への影響は全体として大きくないことを共通の理解とする必要がある。
同時に、図書館等は②にあるように一部ベストセラーに関しては書籍市場へ与える影響は小さくないことを理解する必要がある。その上で、図書館は利用者のみならず住民の要望および社会の要請に応えるため、将来にわたり多種多様な資料を収集・整理・保存・提供していく使命を果たしていくことが求められる。
〇図書館の主な評価指標として、入館者数と貸出冊数があり、これらがベストセラーの複本の購入に影響を与える可能性も考えられる。図書館の主たる評価指標が貸出冊数に置かれていることが過度な複本の理由であれば、多様な評価指標を取り入れる等の対応も検討する必要がある。
〇書店は、図書館が地元書店から購入する際に装備に係るコストを考慮することを期待している。この点について、図書館・書店等関係者が課題意識を共有し、所要のコストを含む図書館予算の充実に向け、自治体内の理解を求めていくことが重要である。
地域において、図書館と書店、出版社が共存することで生まれる相乗効果を期待したい。
(書店・図書館等の連携促進方策)
以上の議論を基に書店・図書館等が直面する現状と課題に対して、書店・図書館等関係者が協力し、読者人口を増やすこと、すなわち「読者育成」を目指すことに大きな意義があることを確認した。本対話の場ではこれに向けた具体的な連携促進のモデルや提案が示された。
〇書店在庫情報システムの開発と図書館との連携
図書館内に書店管理の書籍注文ができる端末を設置し、ロングテール19の書籍販売を促すことや、図書館のOPACと地域の書店の在庫システムを連携させることにより、本へのアクセスの向上を図ることが考えられる。現在、出版文化産業振興財団では、小規模書店を含む近隣書店の在庫情報が検索できるシステム構築を目指した「書店在庫情報プロジェクト」を進めており、図書館のOPACとの連携も検討している。
〇書店での図書館資料の受け取り・返却、図書館での書籍販売等
図書館で予約した書籍を、書店で受け取れるようにする工夫も考えられる。休館日がなく営業時間も長い書店の場合は利用者の利便性向上につながり、実際に書店での受け取りサービスを行う書店で、来店客数の増加や売上に良い影響を与えている例も見られている。
あるいは、書店がない地域で図書館が書籍販売を行うことなども考えられる。このほか、発注や在庫管理の仕組みの変革とICTの活用により、未経験の若い人が空き店舗に出店できるような環境づくりや、観光ホテルのライブラリーなど書店以外でも気軽に本を売れるようになることなどを期待する意見もあった。
〇「図書館本大賞」(仮称)の創設
毎年、各種の文学賞や書店員による本屋大賞は多くの関心を集めている。例えば、今後、全国からランダムに選出された図書館司書等から最も多くのお薦めを得た地域の作家の本を表彰する「図書館本大賞」(仮称)を創設することも考えられる。図書館司書は多様なジャンルの本の魅力を十分に伝えられる潜在的な専門性を持っている。
また、広く世に知られていない地域の作家の著書を知ってもらう機会となるなど、地域からの出版文化の振興と、普段、本を読まない人も読書に関心を持つ訴求効果が期待される取組となると考えられる。
〇優良事例の収集・普及
全国では、書店・図書館等の連携により様々な特色ある取組が展開されている。例えば、図書館と書店を訪れるスタンプラリー等のイベント、図書館での作家による基調講演、近隣の学校の生徒が本の紹介を記したポップと本を書店と図書館で並べるフェアなどにより地域の方に本の楽しさを伝える取組、出版社と図書館との連携によるデジタル絵本コンテストの開催により書き手の育成も図る取組例等が挙げられる。
今後、関係者が新たな取組を行う際の参考に資するよう、国において、地方自治体、書店等関係者と協力し、全国各地で行われている特徴的な連携の取組を事例集としてまとめ、広く情報発信することが求められる。
今後の検討について
書店・図書館等の連携を図るためには、国において一定のルールを示すのではなく、関係者間の相互理解を積み上げ、協力できるところから始めていくことが必要である。
今後、関係者間により、本対話の場で提案された書店在庫情報システムと図書館の連携や「図書館本大賞」(仮称)等の連携方策について、より具体的かつ実践的な方策について協議や実証を推進していく必要がある。
また、図書館における多種多様な資料選択、装備のあり方も含めた地元書店からの優先的購入等、書店・図書館等の現状に係るエビデンスの収集・分析とこれに基づくガイドラインの必要性など引き続きの検討を進めていく必要もある。
本対話の場については、今後の検討枠組みを書店・図書館等の関係団体の代表者等から構成される協議会として、より組織的な体制に発展的改組する。その上で、上記に挙げられたような課題の検討を行い、実践的方策に取り組んでいく。
同時に、国は書店・図書館等の連携に係る優良事例の普及を図っていく等必要な支援を行うこととする。