事業や出版物の路線変更、ヒット作創出のための工夫など、出版社の得意技について聞く連載。今回は、古書みつけの代表・伊勢新九朗さんに、古書店でありながら出版事業を始めた背景や話題作づくりの秘策を聞いた。 【水本晶子】
ノンフィクション賞を主催して作品を公募
2021年に浅草橋にオープンした古書店「古書みつけ」は編集プロダクション・伊勢出版の代表、伊勢新九朗さんがオーナーを務める。
「当時、浅草橋には本屋がなく、プロの編集者やライターが本屋を作ったら面白いのではないかと始めたのが古書みつけ。同地で編集プロダクションを経営しながら、浅草橋の地域メディアを運営しており、地域とのつながりが深かったことも助けとなった」と語る伊勢さん。
翌年の22年には、ライターで古書みつけの立ち上げメンバーでもある堀田孝之さんの『気がつけば警備員になっていた』(笠倉出版社)の制作をきっかけに、お仕事ノンフィクションのシリーズ化を目指して出版事業を行うことになった。
伊勢さんは「出版事業を始めるにあたり、ひとり出版社である弊社は出版流通代行事業を行う会社に依頼するのがベストだと思った。目標の売上1万部を達成するため、書店流通に強く、営業もしっかりしてくれるという日販アイ・ピー・エスにお願いすることにした」と話す。
前出の書籍のシリーズ化の前段階として、まずはまだ世に出ていない新しい才能を発掘すべく、ノンフィクション賞を主催。受賞作を書籍化する仕組みを作った。「募集する原稿のお題は〝気がつけば〇〇〟。光の当たらない職業や人、生き方に耳を傾け、彼、彼女たちの物語をたくさんの人に伝えたいと思った」と伊勢さん。
審査員に漫画家の新井英樹氏、脚本家の加藤正人氏、著述家の本橋信宏氏を迎えて公募したところ、166作の応募があった。その中から選ばれたのが、忍足みかんさんが生命保険業界での実体験を書いた『気がつけば生保レディで地獄みた。』(23年4月発売)だ。初版3000部で発行した同書は、2週間で重版が決まり、2回増刷して累計5000部という好調な滑り出しを見せた。
その背景にはウェブメディアで取り上げられたことが関係している。ノンフィクション賞創設のプレスリリースを見た文藝春秋から連絡があり、発売当日、文春オンラインに記事が掲載されると、その記事は60万PV超えとなった。伊勢さんは「Amazonの在庫は完売となるほどの反響で、ウェブメディアの影響力の大きさを知った」と話す。
SNS、店舗を活用したプロモーション戦略
小さな出版社は、書店に1冊目で社名を覚えてもらい、2冊目、3冊目も注文してもらうにはあまり間を空けずに次の本を発行する必要がある。そこで、2冊目は第1回ノンフィクション賞で最終選考には残らなかったものの、テーマとしてインパクトがあった『気がつけば認知症介護の沼にいた。』(畑江ちか子著)を23年11月に書籍化。その後、第3弾として最終選考に残った『気がつけば40年間無職だった。』(難波ふみ著)を24年3月に出版した。この2冊は初版4000部で発行している。
YouTubeで制作過程をアップしたほか、著名人との書店イベントなど、さまざまなプロモーションを行った。『気がつけば40年間無職だった。』は、小説紹介クリエイターのけんごさんに賞賛され、TikTok動画は100万回以上再生を記録。一方で、古書みつけのXやYouTubeを見た来店者が〝気がつけば〇〇〟シリーズに目を止めて購入するなど、古書店のブランディングが本シリーズの周知につながることもあった。
伊勢さんは「〝古書店が何か面白いことやっているな〟と認知してもらうことを大事にしている。6月には本シリーズの著者3人の書店イベントを予定し、3人がX上でリレーしていた小説を小冊子にしてプレゼントする企画も進めている。試行錯誤しながらも何か一つが刺されば、それが起爆剤となってシリーズの売上が伸びると思う」と話す。
今年は、発売中の3冊を軌道に乗せつつ、現在進行中の第2回ノンフィクション賞から4冊目の出版を目指す。今後は年間1~2点ほどを刊行していく予定だ。
□創業年=2022年
□所在地=東京都台東区柳橋1-6-10 1F
□従業員数=1名(2024年4月時点)
伊勢新九朗さん
1981年生まれ。雑誌の編集プロダクション入社、以降、約10年にわたり、さまざまな出版社の雑誌を制作。2015年に株式会社伊勢出版を設立。21年、事務所の1階に古本屋「古書みつけ」をつくり、23年からは出版社としてもスタート