普段は書店に足を運ばないような人たちにどうアプローチできるのか―。そんな大きな課題に対する一つのソリューションとして、最新のデジタル技術を駆使しながらチャレンジし、成果を出し始めているのが日本出版販売株式会社(日販)の「ボイスフレンド」だ。人気俳優や声優の声を聞きながら、同社らが展開する有料の書店「文喫 六本木」を巡る〝体験〟を提供。これを目当てに初めてここを訪れる人は多く、店内の書籍やグッズを購入する率も高い。「(この書店を)また利用したい」と答える人が85%にのぼるなど、新たな顧客を生み出すフックになりつつある。
「ボイスフレンド」は、好きな「声」と一緒に、日常的な「場所」で、イマーシブ(没入的)な「体験」ができる店頭集客ソリューション。例えば、自分の〝推し〟の俳優や声優が、文喫内を一緒に巡りながら、その場でしか聞けない言葉を自分だけに語りかけてくれる。ファンにとってはたまらないシチュエーションだ。
この「ボイスフレンド」は、株式会社GATARIが提供するMR(複合現実)の最新技術を活用。それによって店内などの空間をそのまま、イベントの会場へと変えることが可能になった。体験する人の位置認識には、空間のスキャンデータとスマートフォンのカメラを利用するだけで、ビーコンやセンサーなどの設備を追加する必要はない。また、体験者の移動や視線、選択に合わせてインタラクティブな演出を行えるので、物語を聞いてもらいながら、人々をその空間の隅々まで誘導することができる。
体験者は文喫の受付で受け取ったスマートフォンを首から下げて、オープンイヤー型イヤフォンを付けるだけで、自らの動きに合わせた没入感の高い音声を楽しめる。ストーリーに合わせて店内を進んでいくと、自然なタイミングでコンテンツが耳元から流れてくる。そして、棚から棚へと移動しながら店内を一周。いつの間にか、どこに何があるのかが分かる仕組みだ。
昨年11月、元宝塚歌劇団男役スターで、現在は俳優・声優・アーティストと幅広く活躍する七海ひろきさんを起用した「七海ひろきと書店巡り ㏌ 文喫 六本木」を皮切りに、今年4月までに声優・斉藤壮馬さん、俳優・梅津瑞樹さんによるオリジナルストーリーを、期間限定で実施してきた。音声制作はいずれもラジオ局・J-WAVEが担当。
客単価も大幅に上昇
そして、この「ボイスフレンド」が文喫 六本木の集客や売上の伸長に大きく貢献している。コンテンツを体験するためのチケットはいずれも1650円(税込)。体験後、店内の有料ゾーンや喫茶を利用するには別料金が必要。多彩なオリジナルグッズの販売や関連書籍も置く。これらを上手く組み合わせた展開が功を奏し、客単価も回を重ねるごとに上昇している。
この事業を企画、推進する日販プラットフォーム創造事業本部IPソリューションチームリーダーの加藤隼士氏は、「実施期間中の客数、売上ともに前年比で約2倍を記録した」と手応えを感じている。これまで3回の合計で、チケット販売枚数(参加人数)は約3000枚。オリジナルグッズは約4800個が売れ、文喫(有料ゾーン)の利用者数は約2000人、喫茶も約1100人が利用している。そして、書店として大事な書籍の購入冊数も約1700冊と、とても多い。
さらに特筆すべきは、体験者の満足度や再来店意向の高さだ。アンケート結果で、体験に「満足」「やや満足」と答えた人はほぼ全員の98.1%。また、「文喫に初めて来た」という人は88.9%だったが、うち84.1%が「文喫をまた利用したい」と答えたという。
これまで文喫を知らなかった人が多く訪れ、入場料のいる書店という入店ハードルも、一度体験してもらえばその良さを知ってもらえる。「ボイスフレンド」の実施が、新たな読者を確実に増やしている。
どの書店でも導入が可能
今後、文喫 福岡天神や文喫 栄といった「文喫」他店舗はもちろん、文喫以外の書店での導入も進める。加藤氏は「技術的にはどのような書店でも実施することが可能。実際に動き始めた案件もある。企画料や技術提供料をパッケージ化して販売し、それをペイするための売上づくりを共創していきたい」と呼びかける。
出版社も、新刊やメディア化のプロモーション、自社IPを使った書店店頭企画での活用が考えられる。「大型施設でも複層階にわたって導入できるなど、可能性はまだまだ広がる。IPの魅力を引き出し、空間の体験価値を高めるソリューションサービスとして確立し、さまざまな場所での提供を目指す」と先を見すえている。
日本出版販売株式会社
プラットフォーム創造事業本部IPソリューションチーム
担 当:加藤、鈴木、関本
問い合わせ先:voice-friend@nippan.co.jp
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