コロナ禍も開業のはずみに?
アメリカでは、全米が新型コロナウイルス感染症で打撃を被った2020年以降、書店の数が順調に増えている。5月に発表されたアメリカ書店協会(ABA)の年次レポートでは、協会員となっているインディペンデント書店(独立系書店)の店舗数が昨年比11%増の2844店になったと報告されている。つまり20年を例外として除けば、アメリカの書店数は、Eブックが台頭した10年以降もずっと増えており、特にこの8年でその数が倍増したと書評情報ポッドキャストのBookRiotが伝えている。
結局のところ景気が良いから、と言ってしまう向きもある。コロナ禍後のG7諸国と比べても、IMF(国際通貨基金)が発表した今年のGDPの見込み成長が他国平均の2倍に当たる2.7%と、アメリカの経済回復は目覚ましいものがある。そしてその成長を裏打ちしているのが、国内の消費と雇用競争だ。本に対する購買力が落ちていないから書店も儲かっている、ということだが、一説によると、コロナ禍のために自宅でリモートワークをこなしながら、この状況が終わったら、自分は本当に何をやりたいのか、 どういったキャリアを築きたいのか、あらためて自問自答した結果、「本屋さんを開きたい」という思いに至った人が多かった、というのがある。通勤する代わりに空いた時間を使って企画書を書き上げ、ビジネスとしての見積もりを作り、援助金や貯金を蓄え、再び対面で自由に行動できるようになって、その夢に向かって動き出した人がいるから、という意見を聞き、さもありなんと感じた。
アメリカの代表的なインディペンデント書店といえば、ニューヨークのストランド書店や、ポートランドのパウエルズのように、広い店舗に古書も含めた一般書が並ぶような店が真っ先に思い浮かぶが、近年に全米でオープンしたインディペンデント書店のプロフィールやオーナーインタビューを見ると、漫然と小さな書店をやる、というのではなく、自分の得意分野や、ニッチなコミュニティーに寄り添った、個性的な店が多いのに気づかされる。
例えば、長らく空いていた大型商業施設の一角を利用して、店内にいるとまるで森の中にいるかのような感覚になるのが、昨年オープンしたウィスコンシン州のブックス・オン・メイン書店。子どもの頃、裏庭の木にツリーハウスを作り、そこに籠って本を読んだアメリカ人ならノスタルジーに浸って、本を探せる環境だ。木や緑をふんだんにあしらい、ゆったり座れるスペースを設けた店の中央には、充実したSFやファンタジーの本が並ぶ。
あるいはアイオワ州に誕生したロマンス専門書店のザッツ・ホワット・シー・レッド(彼女が読んでいたのはそれ)書店。ロマンスといえば、ニッチなサブジャンルと多読の読者で知られるジャンルで、2010年代には、真っ先にEブックに取って代わる分野とされており、実際にロマンスEブックに特化した出版社やレーベルが立ち上がった。だが、ここに来て、失われた「紙のロマンス」本を求めて、ファンが集うコミュニティーができたということだろう。
従来の「本屋」という括りに収まらない、自由な発想の書店が目立つ。店名を見れば、本好きならすぐに出典元がわかる、ちょっと捻ったフレーズになっていたり、魅力的なロゴでつい、トートバッグなどのグッズが欲しくなるような店が多い。
驚くのが14歳の中学生がオープンしたカンザス州のセブン・ストーリーズ書店。最年少のABA(全米書店協会)メンバーとなったヘイリー・ヴィンセントさんは、書店を立ち上げる前は、動物愛護のボランティアに打ち込んでいたが、アーティストである母親のアトリエの一部(約27㎡)を書店として開放。動物愛護に関する本だけかと思いきや、ABAからの書店経営アドバイスを受け入れた結果、そのバラエティーは幅広く、バイリンガルの読者に向けたスペイン語や中国語の本もあるという。
逆境が力になる信念をもった書店
マイノリティーといえば、13年頃から活発になった「ブラック・ライブズ・マター」運動の高まりに伴い、全米で、黒人あるいはマイノリティー向けの本を揃えた書店が20店舗ほどオープンしている。その一方で、ニューヨークで注目されていたのが、アジア系アメリカ人女性がチャイナタウンにオープンしたユ・アンド・ミー書店だった。21年にオープンしたが、1年ほど前にビルの上の階が火事になり、ほとんどの本がダメになった。このまま潰れてしまうかと思われたが、クラウドファンディングで寄付を募ったところ、著名なアジア系作家からも寄付があったりして、今年無事に復活した。
最近ヨーロッパの欧州議会選で極右派が躍進しているのと同様、アメリカでもキリスト教ナショナリストと呼ばれる保守派が政治や教育に干渉し、学校図書館で性的マイノリティーや汚い言葉遣いを理由に禁書運動を推進しているニュースは伝えられていると思うが、その禁書運動に対抗するために書店の経営に乗り出す人たちも存在する。フロリダのホワイトローズ書店は、禁書運動を憂えた元中学校図書館の司書が仕事を辞めたのちにオープンしたものだ。店名はもちろんナチ政権下のレジスタンス運動から取ったもので、黄色いテープで囲まれた一角には、禁書の対象となって学校の図書館から追われた本たちが並んでいる。
オハイオ州、ピート・ブートジェッジ米運輸長官のお膝元の街でオープンしたばかりのブライアン・レア書店は、LGBTQの若者やマイノリティーの人に向けた本を多く揃え、カフェも併設され、LGBTQの若者の居場所となっていたが、州法で学校図書館が仕入れられる本を親たちが制限できるようになり、地元の学校からの注文がなくなったことで経営危機に陥っているという。
このように、逆境にあればあるほど、信念を持って増えていくのがインディペンデント書店というもの。紙で読まれる本の半分がオンライン経由で購入される昨今、アマゾンやBN.comなどのオンライン書店が「なんでもある」品揃えで顧客にアピールするのに対し、インディペンデント書店は「ここでしか出会えない」本を提供する場所だということだろう。
今や米最大手で唯一のチェーン店となってしまった感のあるバーンズ&ノーブル(B&N)でさえも、19年にジェームズ・ドーントCEOを迎えてからは、中央集権的な経営から、インディペンデント書店の集合体、と捉える方向にシフトしているようだ。それまでは、全米のどのB&N店に行っても、統一感のあった深緑色の店のロゴや、茶色のマホガニーで統一された本棚が並んでいたが、今では、それぞれのロケーションに合わせた品揃えを意識している。あまり公にはされていないが、店舗のリース契約が切れたり、新店舗をオープンしたりする際に、一世を風靡したメガストア級の床面積ではなく、もっとこぢんまりした場所を選んでいる。
そして、インディペンデント書店のミッションを後押ししているのが、コロナパンデミック勃発の20年にスタートしたBookshop.orgだ。オンラインで本を買えば、その売り上げの一部が地域のインディペンデント書店に還元される、という仕組みでアマゾンに対抗し始めたサイトだ。19年に、正式にABAとパートナーシップ契約し、今では書店協会メンバーの7割が利用するに至っている。
大原ケイ氏 日米で育ち、バイリンガルとして日本とアメリカで本に親しんできたバックグランドから、講談社のアメリカ法人やランダムハウス(現 ペンギン・ランダムハウス)と講談社の提携事業に関わる。2008年に版権業務を代行するエージェントとして独立。主に日本の著作を欧米の編集者の元に持ち込む仕事をしていたところ、GoogleのブックスキャンプロジェクトやAmazonのkindle発売をきっかけに、アメリカの出版業界事情を日本に向けてレポートするようになった。著作に『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(2010年、アスキー新書)、それをアップデートしたEブックなどがある。