雑誌づくりのプロ マガジンハウスが企画・制作 老舗・正田醤油が「150周年記念誌」を発行 多くの人に読んでもらえる「社史」に

2024年7月16日

 

マガジンハウスが企画・制作した正田醤油「150周年記念誌」

 

 2023年12月に創業150周年を迎えた老舗醤油メーカーの正田醤油(群馬県館林市)。その大きな節目に合わせて発行した同社の「150周年記念誌」は、ケースに入れられ、本棚に飾られたまま、誰にも読まれないような分厚い社史、周年史とは様相を異にする。その記念誌を手がけたのは、雑誌づくりのプロであるマガジンハウス。B5判50㌻にまとめられた冊子を開けば、正田醤油の昔と今、そしてこれからを、雑誌のテイストで〝味わう〟ことができる。老舗企業と雑誌社による新たなかたちの記念誌は、どのようにして生まれたのか。両社に話を聞いた。【増田朋】

 

 

(左から)MCS・戸髙氏、正田醤油・工藤氏、中島氏、MCS・但野氏

 

 正田醤油は1873(明治6)年の創業以来、「おいしいがうれしい。」を合言葉に、奇をてらうことなく真摯に〝ものづくり〟に向き合ってきた。「伝統を守りつつ、変化を恐れない進取性を持ち続ける。それこそが〝正田らしさ〟の追求につながると考えている。弊社の強みは、高い研究開発力とそれを商品化する技術力。しかし、それに甘んじることなく常に進化することが求められる」とは、記念誌の巻頭に寄せた正田隆社長の言葉だ。

 

 創業150周年を迎え、正田醤油スタジアム群馬(群馬県前橋市)で開催されたJリーグの試合を「正田醤油スペシャルマッチ」として開催したり、群馬県内で導入された電動の路線バスに150周年のラッピング広告を施すなど、さまざまな記念事業を展開。記念誌の発行もそのひとつだ。

 

 正田醤油の工藤純哉経営企画室長は「150年という大きな節目に、これまでの当社の歴史をしっかりと整理したいという思いもあり、記念誌の発行を計画した」と語る。ただ、いわゆる企業の周年史というと、どうしても〝堅い〟イメージがある。「そうではなく、たくさんの人たちに手にとってもらい、面白く読んでもらえるものにしたいという思いが、当社社長の念頭にあった。多くの読者に愛される雑誌を作り続けるマガジンハウスさんとならば、それが実現できる」との期待があったという。

 

総合クリエイティブチーム「MCS」が担当

 

 それに応えるマガジンハウスにも、永く培ってきたクリエイティブ力があり、それを生かした事例は数多くある。例えば、セレクトショップBEAMSの40周年を記念し、東京のファッションとカルチャーの40年の物語をまとめた記念誌も話題となった。昨年は、東京・渋谷区の区制施行90周年で、それを広く伝えるメディアとして記念誌「渋谷区のちから。」を制作。特設ウェブサイトや動画などのデジタルコンテンツや、リアルイベントも上手く組み合わせて展開したことで耳目を集めた。

 

 こういった自治体や企業などの事業課題に対して、マガジンハウスの総合力を使って解決しているのが、総合クリエイティブチーム「マガジンハウス クリエイティブスタジオ(MCS)」だ。今回の正田醤油の150周年記念誌もMCSが企画・制作を担当した。

 

 執行役員でブランドプロデューサーの戸髙良彦氏は「マガジンハウスの『編集機能』を、多種・多様化している社会課題に広く適用することが私たちの仕事で、新たなコミュニケーションを求めるさまざまなクライアントから日々、相談を受け、かたちにしている」というが、「今回は老舗の正田醤油さんからの依頼で、しかも150周年という重みがまた、普段とは違う。(企画・制作を進めるにあたって)まず肝を据えることがとても必要だった」と明かす。

 

 その一方、「正田社長はアートやカルチャー、食などにとても造詣が深く、弊社の『Casa BRUTUS』も愛読していただくなど、私たちへのシンパシーを多々感じられた。そういう意味で、安心して正田醤油の皆さんと一緒に練り上げることができた」と感謝する。

 

 記念誌づくりを進めるにあたっては、正田醤油の社内で有志を募り、若手から中堅の10人ほどが「編集企画スタッフ」として参加。MCSとともに企画案をブラッシュアップしていった。MCSでプロジェクトマネージャーを務める但野由季氏も「参加した社員の皆さんが前向きに意見を出してくれて、とても助けられた。互いに話し合いながら、ともに作り上げていく過程は重要で意義のあること。(記念誌づくりの)要だったように思う」と振り返る。

 

 

 

 

雑誌社ならではの遊び心あるコンテンツも

 

 正田醤油は23年12月25日に150周年を迎えた。記念誌は約1年かけてつくられ、今年2月に完成した。マガジンハウス独特の編集とデザインで、表紙はもちろん最初から最後まで表現されている。

 

 工藤室長とともに編集企画スタッフとして参加した正田醤油の中島周作経営企画室課長は、「読み物としても楽しめるが、雑誌のマガジンハウスさんらしく、素敵な写真がたくさん載っているのが印象的。例えば、『正田醤油を支える人々。』というコーナーにある大きな写真も、社内の雰囲気、働いている社員の様子が文章以上に伝わってくる」と喜ぶ。工藤室長も「ほかの社員たちも写真の美しさ、ビジュアルのかっこよさに、まずは驚いていた」という。

 

 そのほかにも、正田醤油の150年をイラストで紹介する企画や、昨年のNHK大河ドラマ「どうする家康」で館林城主・榊原康政役を演じた俳優の杉野遥亮さんが正田醤油本社を訪れる企画も、雑誌のようなつくりで読みやすい。「正田隆社長の中身を解剖!」や各ページの欄外に載る「正田醤油トリビア」といった遊び心のあるコンテンツも、雑誌社がつくる「周年史」ならではと言えるだろう。

 

 戸髙氏は「本社がある館林市を、記念誌づくりのフィールドワークも兼ねて但野と訪れる度に、街の文化が正田醤油さんとともに醸成されてきたことがよく分かった。そういったものづくりの会社がこの街で150年も続いていることを、街の人たちや地元の子どもたちにあらためて知ってもらえるきっかけに、この記念誌がなるのではないか」と、制作に込めた思いも語る。

 

「これからも人、地域とのつながりを大事に」

 

 記念誌は正田醤油グループの従業員1200人ほどに配ったほか、取引先や同じ食品業界の企業などにも届けている。また、館林市内の小中学校を含め、各所でも順次、配布される予定。「(市内などで)できるだけ目にしてもらえるような活用の仕方も考えていきたい」(工藤室長)。

 

 記念誌の発行を機に、工藤室長は「私たちを取り巻く環境の変化にも柔軟に対応しながら、守るべきものは守っていく。そうやってお客さまに求められる存在であり続けるため、努力を惜しまない」と、社員一同にある強い気持ちを代弁する。

 

 中島課長も「正田醤油の魅力のひとつは『人』だと思っている。150年かけて培ってきた人や地域とのつながりを、これからも大事にしていきたい。この記念誌にもその思いがつまっている」と、あらためて感じている。