第171回芥川賞・直木賞決定 芥川賞の朝比奈秋さん「難しいのは書き続けること」

2024年7月19日

 

(右から)芥川賞を受賞した朝比奈さん、松永さん、直木賞の一穂さん

 

 第 171回芥川賞・直木賞(日本文学振興会主催)の選考会が7月17日、東京都内の料亭で開かれ、芥川賞に朝比奈秋(あさひな・あき)さんの「サンショウウオの四十九日」(新潮5月号)と、松永K三蔵(まつなが・けー・さんぞう)さんの「バリ山行」(群像3月号)が、直木賞に一穂ミチ(いちほ・みち)さんの『ツミデミック』(光文社)が選ばれた。都内のホテルで開かれた受賞者の記者会見で、それぞれ受賞した率直な思いなどを語った。

 

 会見では、芥川賞の選考委員9人を代表して、作家の川上未映子さんが講評。「候補5作品のうち、1回目の投票で朝比奈さん、松永さんの作品が票を集めた。最終的には2作品とも受賞がふさわしいということになった」と説明。「朝比奈さんの作品は、小説にしかできない難しい設定を準備した作品で、文学的な野心が高く評価された。松永さんの作品は、登場人物の造形や登山の描写に説得力がある。書くべきものを、地に足をつけて書いていることが高く評価された」と語った。

 

 直木賞は、選考委員8人を代表して作家の三浦しをんさんが講評。「投票の結果、麻生競馬場さんの『令和元年の人生ゲーム』と受賞作に票が集まったが、議論を重ねて決めた」といい、「『ツミデミック』は短編集として各編の味わいがバラエティーに富んでいること、登場人物らのそれぞれの心情や境遇、言動がリアルに描かれていて読みやすいなどの評価があった」と紹介した。

 

 その後、受賞者がそれぞれ登壇し、受賞直後の思いなどを語った。

 

 

朝比奈秋さん

 

 初めての候補での芥川賞受賞となった朝比奈さんは、1981年京都府生まれ。医師として勤務しながら小説を執筆し、2021年、「塩の道」で第7回林芙美子文学賞を受賞しデビュー。23年、『植物少女』で第36回三島由紀夫賞を受賞。同年、『あなたの燃える左手で』で第51回泉鏡花文学賞と第45回野間文芸新人賞を受賞。ほかの作品に「私の盲端」「受け手のいない祈り」など。『サンショウウオの四十九日』(新潮社)は7月12日に発売。

 

 「周りからは一人に見える。でも私のすぐ隣にいるのは別のわたし。不思議なことはなにもない。けれど姉妹は考える、隣のあなたは誰なのか?そして今これを考えているのは誰なのか――最も注目される作家が医師としての経験と驚異の想像力で人生の普遍を描く、世界が初めて出会う物語」(新潮社より)。

 

 会見で朝比奈さんは、「多くの選考委員に読まれて議論の対象になること自体、大変光栄なこと。選評をよく読んで、自分自身の小説に対する理解を深めていきたい」と語ったうえで、「大きな賞をもらうのよりも難しいのが、書き続けていくことだと思っている。どんな小説でもいいし、それが評価されなくてもいいので、ただ書き続けることに挑戦していきたい」と話した。

 

 また、今回の作品について、「5、6年前から書き始めて1、2年で一度書き上げたが、当時はまだ完成したとは言えないものだった。それから自分も人間として、作家として成長し、生きるとは、体とは、精神とは、自我とは、意識とは、と多少は理解を深めることができて、ようやく書き上げることができた」と明かした。

 

 

松永K三蔵さん

 

「オモロイ純文」を広めたい

 

 同じく初候補で芥川賞作家となった松永さんは、1980年生まれ。関西学院大学卒。兵庫県西宮市在住、日々六甲山麓を歩く。2021年「カメオ」で第64回群像新人文学賞優秀作を受賞しデビュー。同作は「群像」21年7月号掲載。『バリ山行』(講談社)は7月25日発売。

 

 「会社の付き合いを極力避けてきた波多は同僚に誘われるまま六甲山登山に参加。やがて社内登山グループは正式に登山部となり、波多も親睦を図る気楽な活動をするようになっていたが、職場で変人扱いされ孤立している職人気質のベテラン妻鹿があえてルートから外れる危険で難易度の高い「バリ山行」をしていることを知る」(講談社より)。

 

 「オモロイ純文運動」と書かれたTシャツを着て登壇した松永さんは、「感謝の気持ちでいっぱい。純文学というと、とっつきにくいとか、難しいというイメージを持つ人もいるかもしれないが、この作品はどんな人にも読みやすいと思う。ぜひ手にとって純文学のおもしろさを感じてほしい」と呼びかけた。

 

 今回の作品について、「社会や世界の〝ままならなさ〟の中で、いかに生きていくか、個人の挑戦のようなもの、葛藤を描きたかった」と話した。そして、「デビュー以来、1人で純文学を広める運動を続けている。開かれた純文、おもしろい純文を多くの人に知ってほしい。この本を手にとって、その一端に触れてほしい」と訴えた。

 

 

一穂ミチさん

 

「パンデミックだから書けた作品」

 

 これまで顔出しNGで、直木賞受賞の会見も大きなマスクをして登壇した一穂さんは、2007年『雪よ林檎の香のごとく』でデビュー。『イエスかノーか半分か』などの人気シリーズを手がける。21年『スモールワールズ』が大きな話題となり、吉川英治文学新人賞を受賞、本屋大賞第3位。『光のとこにいてね』が直木賞候補、本屋大賞第3位、島清恋愛文学賞。受賞作『ツミデミック』(光文社)は23年11月22日発売。

 

 「大学を中退し、夜の街で客引きのバイトをしている優斗。ある日、バイト中に話しかけてきた女は、中学時代に死んだはずの同級生の名を名乗った。過去の記憶と目の前の女の話に戸惑う優斗は――『違う羽の鳥』。渦中の人間の有様を描き取った、心震える全6話」(光文社より)。

 

 「選考を待つ間、緊張に耐えかねてビールを飲んでしまった」という一穂さんは、「高齢の母への冥土の土産が間に合ったことに安堵している」とユーモアを交えて喜びを語った。

 

 コロナ禍をテーマにした今回の作品について、「小説を書いていた時は、コロナのことが頭から離れなかった。パンデミックの中で、人々の分断が起こっていた状況も、この小説に反映されたと思う。リアルタイムのパンデミックでなければ、生まれなかった小説だと思っている」と語った。

 

 最後に、「普通のおばちゃんが小説を書いて、こんな大きな賞をいただけるとは、人生はおもしろい」と話し、「今までも、これからも自分の言いたいことは、紙の中の言葉としてある。物語の中でまた読者の皆さんと出会えたら幸せなことだ」と思いを伝えた。