中央公論新社が主催する第60回谷崎潤一郎賞と第19回中央公論文芸賞の贈呈式が、10月17日に東京・千代田区の東京會舘で開催された。谷崎潤一郎賞は柴崎友香さんの『続きと始まり』(集英社)、中央公論文芸賞は荻原浩さんの『笑う森』(新潮社)がそれぞれ受賞した。
谷崎賞の『続きと始まり』は、コロナ禍における約2年間の日々を、別々の場所で暮らす3人の登場人物の視点で描いた長編小説。選考委員の桐野夏生さんは「何が始まりで、何が何の続きなのか。永遠に続いていく時間のなかでほんの一瞬感じる何か、それがどこからきたのか……と深く考えさせる小説」と選評し、「一言では言い尽くせない、説明のできにくい、だからこそ素晴らしい作品」と称えた。
受賞のあいさつに立った柴崎さんは、小説の中で引用し、大事な役割を果たすヴィスワヴァ・シンボルスカの詩『終わりと始まり』に言及して、「初めてこの詩に出会った20年前から、読むたびごとに心に響き、そのときどきで受け止め方も変わる。そのようにして受け継がれていくのが文学の言葉だと思う」と語り、受賞作について「読んでいただいた方々からたくさんの声を聞くことができ、書いてよかった。これからもこの小説が、ささやかながらもつながっていく波のようにどこかに届いたらうれしい」と述べた。
中央公論文芸賞」の『笑う森』は、森で行方不明になった5歳の男の子が無事保護されるまでの一週間に何が起きていたのかを解き明かしていく長編小説。選考委員の鹿島茂さんは、「荻原さんの小説はスピード感があり、エンターテインメントとして上出来。さらに、大きな謎、解けない謎に挑戦した作者の勇気に審査員一同が感服し、授賞が決まった」と評価の理由を明かした。
受賞者の荻原さんは、「小説家に定年はあるのだろうか。自分では書けているつもりでも、作品が時代に寄り添っているのか。そんな不安が年々膨らみ悶々としていた時に今回の賞をいただき、『まだやっていいんだよ』と背中を押してもらえた気がする。これからも書き続けていきたい」と意欲を示した。
最後に、中央公論新社・安部順一代表取締役社長が登壇し、「出版各社が主催している文学賞は、他社の作った本を表彰するということも多々あり、ほかのビジネス産業にはない不思議なところだが、それが出版の文化。出版に携わるみんなが良い本を届けたい、良い読書から体験をふくらませて本を好きになってもらいたいという出版人の思いがあるからだ」と語った。
また、今年、経済産業省が書店振興プロジェクトを立ち上げたことにも触れ、「書店振興とは活字文化をどう守るかということでもある。出版の文化を後世に伝えていくことが重要」と呼びかけた。