「書店×図書館を考える」イギリス▽業界が一丸となって窮地にある図書館を支援/寄稿・清水玲奈

2024年11月6日

なくてはならない存在の一方で危機に

 

西ロンドンにあるアクトン図書館

 

 イギリスでは、公共図書館はとても身近な存在だ。本の貸出をするだけではなく、地域のコミュニティセンターのような機能を担う。子ども向けの読み聞かせや工作教室、大人向けの編み物やクラフトのワークショップ、移民を対象とした読み書きクラブ、コンピューターの開放など、さまざまなサービスの場になる。

 

手前がコンピューター席(アクトン図書館)

 

 また、家では暖房費を節約せざるを得ない貧しい人たちが過ごせる暖かい場所でもある(図書館の利用は無料だが、返却が遅れると大人のみ延滞料金が発生する)。

 

高齢者向けのおしゃべりの会(無料/紅茶・コーヒー付き)のポスター(アクトン図書館)

大人向けの絵画教室の案内(アクトン図書館)


 イギリス全国の図書館が加盟するライブラリーズ・コネクティッドと、読書促進のためのチャリティー団体リーディング・ エージェンシーの調査によると、イギリスには2020年現在3667軒の図書館があり、成人人口の34%が最低でも1年に一度は公共図書館を訪れている。さらにBBC による最近の調査では、21~22年度から22~23年度を比べると、図書館利用者の延べ人数は71%増と大幅に伸びている。図書館は多くのイギリス人の暮らしに欠かせない存在になっているのだ。

 

図書館の利用カード。好きなデザインが選べる


 一方、昨今、イギリスでは図書館が危機に瀕している。保守党政権の緊縮財政による文化予算削減で、司書が1万4925人に対してボランティアが5万128人と、大幅にボランティアに頼っている現状がある。BBCの調査によると、16年から24年9月までの間に、全国で180を超える公共図書館が閉鎖、またはボランティアグループによる運営に転換した。存続している図書館の中でも、開館時間を短縮した図書館が950館に上る。16年以来2000人の司書の雇用が失われた。


 地元の図書館閉鎖というニュースを受けて、地元民が存続のために立ち上がり、成功を収めるケースもある。書店が立ち並ぶ街として知られるウェールズのヘイ・オン・ワイでは、住民の運動によって図書館の閉鎖が食い止められた。

 

図書館は出版業界の存続に不可欠

 

 図書館の利用者が増えている背景には、出版業界、書店業界が、図書館と共同で行っている読書推進のための各種イベントの増加がある。


 イギリス出版社協会のCEO、ダン・コンウェイ氏は、「イギリスの出版業界は一丸となって図書館を支援していて、書籍業界および社会全体にとって図書館が重要であることを認識しています」と語る。


 イギリスでは図書館の数が減少するのと反比例するように、近年、書店の数は増えている。独立系書店の数は16年に底を打って以来、順調に増え続けているし、ウォーターストーンズをはじめとするチェーン書店も支店数や大手ブティックとの複合店舗を増やす好調ぶりだ。

 

イギリス出版社協会のCEO・コンウェイ氏


 コンウェイ氏は「図書館はイギリスを読書大国にすることに役立っています。もちろん書籍の販売促進につながりますが、それより重要なのは、読み書き能力の高い民主的で情報化が発達した社会という高い目標に向けて貢献していることです」と強調する。


 イギリスの公共図書館は書店ではなく、卸売業者(ベイカー&テイラーUK、ピーターズなど)を通じて書籍を購入している。それでも、図書館と書店は競合関係にはならず、地域に根付いた活動によって、読書人口を増やすという共通の目的に向けて活動しているのだ。


 中でもターゲットとされているのが子どもたちだ。コンウェイ氏は「長期的に、一生続く読書習慣を身につけることにつながる」と説明する。未来の読者を育てることは、書店・出版業界の存続に不可欠だという意識を、業界全体が共有している。

 

黒人の功績や歴史、文化に焦点をあてる「黒人歴史月間」のディスプレイ(アクトン図書館)

 

出版社、書店、図書館で読書推進

 

 出版社、書店、図書館が協力する重要な催しとして、毎年3月には「ワールド・ブック・デー」を記念したイベントが行われる。小学校では、この日は制服ではなく好きな本の登場人物の仮装で登校したり、好きな本を持ち寄って朗読会を開いたりといったイベントも行う。この日は先生も張り切って仮装するので大いに盛り上がる。さらに、1ポンドの図書券が全ての子どもたちに配布され、地元の加盟書店でワールド・ブック・デー用に期間限定で販売される1ポンドの書籍の中から1冊を選んで買える(もしくは、一般の本を1ポンド割引で買える)。

 

1ポンド図書券で引き換えられる本。日本でも多数の翻訳が出ているジャクリーン・ウィルソンなど、人気児童文学作家の作品が用意されている

 

 24年には新しい試みとして、書店がない地域を対象に、全国の20の図書館にもそれぞれ1200冊の書籍を用意し、子どもたちが図書券を使えるようにした。これは、ふだん図書館に足を運ばない子どもたちが図書館を利用するきっかけを作ることにも役立った。さらに、図書館では「Read Your Way」と名付けたイベントも実施。読書記録ノートや本の登場人物の衣装の貸出も行った。


 また、前出のリーディング・エージェンシーの主催で、各地の公共図書館では毎年学校の夏休みの時期に「サマー・リーディング・チャレンジ」が行われる。主に子どもが夏休みを利用して本を読むことを奨励するためのイベントで、大人も参加できる。オンライン、または図書館でもらえるアクティビティシートに自分のプロフィールと読む本の目標冊数を登録し、読んだ本と簡単なレビューを記録していく。23年のデータでは、サマー・リーディング・チャレンジの参加者は70万人近くに達した。

 

サマー・リーディング・チャレンジへの参加を呼びかける手作りのポスター


 図書館は、出版社主催の著者イベントや、地域の書店が主催する文学フェスティバルの会場としても使われる。そして、これらのイベントでは、地元の書店が図書館に出張して書籍を販売することも少なくない。


 「出版社、書店、図書館は、読書の価値を推進するために、書籍業界全体にわたってコラボレーションをしています。読書の大切さ、そして誰もが本にアクセスできることの大切さを訴え、今後も協力し続けることが重要です」と、コンウェイ氏は語る。


 労働党が14年ぶりに政権を握って初めて今年9月に開いた党大会では、イギリスの大手出版社ボニエ・ブックスUKのCEOで出版社協会の会長を務めるパーマインダー・マンと、小説家でウォーターストーンズ児童文学賞も受賞しているフランク・コットレル・ボイスが対談を行った。ボイスは、図書館は読書の喜びとともに、地域コミュニティへの帰属意識をもたらしてくれたと述べ、2人は労働党政権に対し、公共図書館の充実を力強く訴えた。労働党政権の政府報道官は、公共図書館は書籍や仕事、学習へのアクセスを提供することで、地域社会において重要な役割を果たしていると述べている。


 読書大国を自負するイギリス人が、政権交代を機に、図書館を危機から救えるのかどうか。少なくとも、業界が一丸となって図書館を支援する動きは、今後も続きそうだ。

 


清水玲奈
ジャーナリスト・翻訳家。東京大学大学院総合文化研究科修了(表象文化論)。1996年渡英、パリ暮らしを経てロンドン在住。2010年から世界各地の書店取材を続けている。書店、出版、カルチャー関連のウェブ記事・著書・訳書多数。著書に『世界で最も美しい書店』『世界の美しい本屋さん』『英国の本屋さんの間取り』(いずれもエクスナレッジ)などがある。
ブログ▽ https://reinashimizu.blog.jp

 

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