中部地区を中心に三洋堂書店を展開する三洋堂ホールディングスは、いち早くセルフレジ全店導入を終え、続けて無人営業もインショップを除く全店に拡大する計画だ。最低賃金の上昇や人手不足が加速する中、「書店経営を続けるためには粗利益率増加が必須だ」と指摘する同社・加藤和裕社長だが、生き残り策として無人営業やリユース事業の拡大を進める。加藤社長に経営課題と推進する施策について聞いた。
【星野渉】

加藤和裕社長
書店63店セルフレジ導入完了
スマート無人営業も全店に拡大
――御社はセルフレジや無人営業などを導入していますが、こうした取り組みの状況と狙いを教えてください。
セルフレジは7年前から自社開発で導入を開始し、全店セルフレジ化が終わっています。書店63店舗で稼働している421台のPOSレジのうち242台、57%がセルフレジです。客注品もセルフ受け取りボックスを備えているので、お客様のセルフレジ利用率は80%に達しています。
図書カードやCD販売、中古本やトレーディングカードの買い取りのため有人レジを残していますが、もうすぐセルフレジが図書カード利用にも対応しますので、さらにセルフレジ利用率は高くなります。
――セルフレジが全店に普及したことで、無人営業も可能になったのですね。
顔認証入店とセルフレジによる「スマート無人営業」は、2024年2月に本新店(豊田市)で導入してから現在までに12店舗で稼働しています。これからも月2店舗のペースで導入し、26年度末までにはインショップを除く全店舗に導入する計画です。

スマート無人営業で24時間営業になった三洋堂書店下恵土店(岐阜県可児市)

顔認証による入店管理
無人営業では、人手が必要な「一番くじ」、ゲーム、販売用CD・DVD、トレカ、図書カード販売などを除き、新刊書籍、古本、文具・雑貨・プラモデルの販売、CD・DVD・コミックのレンタルサービスを提供しています。無人営業時間は、お客様にわかりやすいようレジカウンターの有人レジをカーテンで仕切るなどの工夫もしています。

無人営業中は有人レジをカーテンで隠す

入り口で防犯カメラの作動を告知
無人営業で1店あたり営業利益月20万円増
――売れ行きや投資回収はいかがですか。
各店とも導入以降、売上高は上昇しています。1日あたりで平均売上高は1店舗5万円ほど、1カ月で150万円の売上増です。しかも、これは昼間にいらしていたお客様が夜間に来店しているわけではなく、新しいお客様が来店していますから、純粋に売上が増えています。
導入費用は1店舗あたり150万円から300万円ほどかかりますが、投資回収期間は最短7.8カ月、最長34.0カ月で、平均10.4カ月です。
また、電気代などの費用増加は、今のところ店舗の規模によって月額で最小5万2444円、最大19万6800円、平均は12万3029円です。その結果、スマート無人営業での月の営業利益増額は最小6万3419円、最大27万4269円で、平均19万9159円になっています。
――万引きなどロスはいかがですか。
導入店の不明ロス率が他店と比べて高いわけではありませんので万引などは少ないと思われます。むしろ無人営業時間の方が顔認証していることで抑止効果になっていると思います。
無人営業は人手不足時代への対応
――深夜営業は立地の影響もあると思いますが、全店に導入する理由は。
深夜のメインターゲットは交代制の工場勤務の方など、仕事が書店の閉店以降にしか終わらない30~50代の男性です。なので深夜に繁盛するのは店前道路の交通量が多く、近くに工場が多いなど、ターゲット層の顧客が多い地域のお店です。
ただ、無人営業のメリットは深夜営業だけではありません。全店に導入することを決めたのは、これから厳しさが増す人手不足対策になることが確認できたからです。
例えば、いまでも人手が集めにくい正月三が日は、時給を200円アップして、それでも人が集まらないのでお昼の12時から夕方6時までの時短営業にしていましたが、顔認証導入店舗では時短営業を24時間無人営業に延長でき、人件費0でお客様へのサービス向上と売上拡大ができたのです。
また、パートさんご本人やお子さんが急にインフルエンザに感染して休むという時にも、無人営業できる体制が整っていれば営業が可能です。スマート無人営業は、人手に左右されずに店を開け続けられる仕組みなのです。
今後、15歳から65歳の人口が減っていきますが、仕事をしながら親などの介護をするビジネスケアラーも急増していくため、生産人口はさらに減ります。今とは違う次元で人が採用できなくなる時代が間近に迫っています。
そんな時代の店舗運営を考えると、会社の都合で人を使うのではなく、働く人の都合で働いてもらい、人がいない時間は無人営業で乗り切ることを考えなければなりません。
さらに人件費が上昇する中で、同じ人件費予算で店舗を運営しようとすれば、毎年、時給が上がった分、人時数を減らしていかなければなりません。それでも今の営業時間を維持しようとすると、無人営業の時間を増やすしかありません。人がいなくてもお店を開けられる仕組みを持っていれば、そんな時代の変化にも対応できます。
駿河屋、トレカなどリユース事業を拡大
――リユース(中古)の駿河屋なども積極的に導入していますね。
これからリユースビジネスを拡大していく方針です。駿河屋は江南店(江南市)、桑名店(桑名市)、香久山店(日進市)に加え、昨年11月に新開橋店(名古屋市)に4店舗目をオープンしました。今年も3月に大安寺店(奈良市)、4月以降も2店舗以上の駿河屋出店を計画中です。
また、トレカ館は25店舗、ふるほん併売店は49店舗に達し、リユース商材が事業全体の中で存在感を増しています。いまは売上の5割以上を新刊本が占めていますが、「新品からリユースへ」という時代の流れを捉え、リユース事業をさらに発展させていくことも今年の課題です。
書店維持には粗利益率5%増が必須
――御社では新しい営業形態や新規事業の取り組みなど進めていらっしゃるわけですが、書店を経営する上で業界的な課題をどうお考えですか。
税理士のTKCグループがまとめた業種別データによると、書店員の年収は平均300万円ほどと、一般企業の500万円台に比べてとても低いのが現状です。労働生産性(従業者1人当たり粗利益高)は全産業が780万円なのに対して書店は500万円です。労働生産性が低いから賃金を払えないのです。
当社をはじめとして書店各社の決算をみても、その多くが赤字など厳しい状況です。もう、書店業では経営が成り立たない状況は明らかです。
この10年間で、売上に占める人件費は4.69%、キャッシュレス手数料は0.64%増加しており、この2つの経費だけで5.33%もの経費増となっています。
書店の経営を維持するためには、粗利益率を上げる必要があります。少なくとも入り正味をいまより5%は下げ、73掛以下にしないとやっていけません。粗利益構造が変わらない限り書店経営は成り立たず、無策の状態が続けば、書店数は加速度的に減少していきます。
日本の書籍販売冊数はこの10年で31.9%減少していますが、アメリカ、フランス、ドイツ、イギリス、韓国では、書籍市場は横這いから増加傾向です。書籍そのものが衰退商材なら、諸外国でも日本のように減少するはずです。
諸外国の書店数は増加していますが、日本の書店数(図書カードリーダー設置店数)は、この10年で33.3%減少しています。つまり、日本の書籍市場の縮小は、書店数減少が原因です。書店が増えれば、書籍市場は増加に転じる可能性があるのです。
ですから、まずは販売拠点を確保するため、粗利益構造を変えて、新たに若い人たちが書店を起業できるようにしなければなりません。新規参入のない業界は必ず廃れます。
――粗利5%増をどのように訴えていくおつもりですか。
政府は2020年代に最低時給を1500円にするという目標を掲げていますから、人件費は今後さらに上がっていきます。公正取引委員会と内閣府は、業界団体を通じて、賃上げができていない中小企業に労務費を適切に転嫁することで賃上げするよう指導しています。なので、私は日本書店商業組合連合会(日書連)にも働き掛け、取次、出版社に取引条件への人件費の適切な転嫁をお願いする活動を進めています。
昨年から経済産業省が書店振興プロジェクトチームで検討を続けていますから、経産省が課題解決のための部会を作り、適切な労務費の転嫁など、今後の業界秩序について経産省と業界3者で話し合うべきです。
「小売価格上昇」「適正配本」ではムリ
――小売価格を上げるという対策もあると言われますが。
本の価格が上がれば書店の経営が成り立つ、というのは幻想です。課題は「粗利益率」で、「小売価格」ではありません。
例えば、キャッシュレス手数料率は売上に対する比率で決まっており、家賃もショッピングセンターなどでは売上歩合になっていますから、本の価格が上がっただけ手数料も家賃も増えます。
データ解析などによる適正配本に期待する意見もありますが、根本的に「配本」という考え方では返品率を大幅に改善することはできません。マーケットインへの転換が必須です。ドイツでは1980年代から返品率10%を実現しています。これは、すべての書籍を書店が注文して仕入れていることと、夕方までに書店が注文すると翌朝には店着するという極めて迅速な注文流通に支えられています。まずはドイツの成功事例に学ぶべきではないでしょうか。
政府には業界の利害調整を期待
――今後、業界インフラとして必要だとお考えのことや、政府支援で期待していることはありますか。
インフラとして必要だと感じるのは、無料もしくは安価な書籍事前申込みアプリ(EDI端末)です。ドイツのように書店が全ての新刊を事前発注する仕組みに移行すれば、返品率は劇的に下がります。プロダクトアウト(見込み生産)を止め、マーケットイン(受注生産)に移行するには、事前の新刊詳細情報と発注ができる仕組みが必須だからです。
政府による支援では、労務費の適切な転嫁の実現を期待しています。労務費増加分の正味引き下げが実現するよう業界の利害調整を行ってもらいたい。書店を存続させるには、また、一般企業の6掛けの書店員年収を世間並みにするには、それが避けては通れない道だからです。
かとう・かずひろ氏 1960年7月17日生まれ。83年株式会社ビジネスコンサルタント入社、84年株式会社杁中三洋堂入社、86年株式会社三洋堂食品(現・日和エステート)を設立し社長就任(現任)、96年株式会社三洋堂書店(現・株式会社三洋堂ホールディングス)代表取締役副社長、2000年代表取締役社長(現任)。06年JASDAQ証券取引所上場、22年東京証券取引所スタンダード市場上場。特定非営利活動法人全国万引犯罪防止機構理事、日本コンパクトディスク・ビデオレンタル商業組合理事長
【書店ソリューション特集 インタビュー】
▼武藤容治経済産業大臣に聞く
書店振興プロジェクトチーム発足から1年、今春めどに「書店活性化プラン」
▼書店振興PT長・南亮氏に聞く
〈書店振興レポート〉
▼業界の現状と直面する課題 時勢と指標で読み解く、書店減少と出版市場
書店ソリューション特集 事例紹介
▼株式会社PubteX
書籍トレーサビリティシステム「BOOKTRAIL」スタート 書店のオペレーションと収益改善目指す
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▼株式会社光和コンピューター
ポイントアプリ、AI仕入れシステムの外販開始へ 書店に総合的なDXソリューションを提供
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▼セルン株式会社
書店向けEC×物流ソリューションを本格化 中小書店も自前のオンライン販売可能に
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▼日本出版販売株式会社
書店省人化ソリューション「ほんたす」 完全無人・ハイブリッド営業をパッケージで提供
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