大手総合商社の丸紅グループと講談社、小学館、集英社が共同出資で設立した株式会社PubteXは1月29日から、出版物にRFIDタグ(ICタグ)を装着して管理する書籍トレーサビリティシステム「BOOKTRAIL」の商用サービスを開始した。先行導入した書店では導入によって盗難などの店頭在庫ロスが大きく減少したり、防犯タグの挿入や販売時の抜き取り作業が不要、棚ごとの販売動向把握が可能となるなど、具体的な効果も検証されている。
「RFIDタグ」コミック大手5社が装着、間もなく6社目も開始
RFIDタグは1冊ごとの個体識別を可能にするため、出版物に装着することで、店頭在庫の個品管理、棚卸の効率化や棚出しの最適化、盗難防止、販売条件の管理など、書店のオペレーションと収益を大きく改善することが期待されている。
PubteXに出資する大手出版社3社は、2023年8月からコミック新刊にRFIDタグの装着を開始。同時にパイロット店として有隣堂(神奈川県)の伊勢佐木町本店と大垣書店(京都府)のKotochika御池店で実際の運用を開始した。

レジに設置された卓上リーダー(タブレットとアンテナ)
その後、タグの装着にはKADOKAWAも加わり、その結果、コミックでは大手4社の新刊でタグ装着商品が月間1000万~1800万冊出荷され、店頭在庫では他社作品や新刊・既刊を合わせたコミック全体の35~44%を占めるまでになっている。2月に1社、4月に1社が新たに装着を開始。同社では1年ほどでコミック出版社のほとんどを網羅し、配本される新刊の8~9割、店頭在庫の80%程度に装着率を引き上げることを目指している。
書店でのパイロット運用は、有隣堂がたまプラーザテラス店とアトレ目黒店、大垣書店がイオンモール北大路店とイオンモール京都桂川店にも導入。さらにブックファースト新宿店、アニメイト大宮コミック館、三省堂書店アトレ上野店も加わった。
商用サービススタート後も、書店では2月に丸善ジュンク堂書店の丸善お茶の水店、出版社では一迅社が装着を開始。白泉社も4月からコミックの装着を開始、さらに日本文芸社も装着方針を固め、出版社は順次拡大していく流れとなっている。
盗難被害が85%減少
店頭での運用方法は、入荷時に台車に積んだ箱のままハンディリーダーで個品読み取り検品を行うことでクラウドのデータベースに入荷が登録される。その後、棚詰め、棚卸、販売時などにタグを読み取ることでそれぞれの履歴がデータベースに登録される。
こうした履歴が個品ごとに登録されるので、「何が」「いつ」「どこ」から売れたのかといった動きが1冊ずつわかる。棚卸もバーコードのように1冊ずつ読み取る必要はなく、スキャナを棚にかざして読み取るので作業時間が大幅に短縮される。また、防犯ゲートと組み合わせれば、販売履歴がない商品を持ち出したら警報を発する防犯タグの役割も果たす。
店頭でいち早く効果を発揮しているのが防犯での効果だ。パイロット導入と合わせて防犯ゲートを導入した有隣堂伊勢佐木町本店では、開始1年後の棚卸でコミックのロス率が85%下がるという成果を上げた。
一方、もともとゲートを入れていた書店ではシュリンクパック時に防犯タグを挿入する作業が不要になることと、販売履歴がある商品はゲートが反応しないため販売時に抜き取る必要がない点などが評価されている。さらに、個品管理のおかげで、ゲートが発報したときにどの商品が何冊取られたのかが瞬時にわかるので、防犯対策だけでなく、欠品による販売機会ロスの防止効果も報告されている。
また、棚卸についても1フロア3万冊強の在庫を2人が20分で読み取れるため、多くの商品にタグが装着されれば、棚卸作業が大幅に軽減されるとともに、毎月など高頻度で棚卸を実施して正確に在庫を把握することも可能になる。

検品や棚卸などに利用するハンディリーダー
書店の導入費用負担支援も
書店が導入するために必要な機器は、レジでタグを読み取る卓上リーダー(タブレットとアンテナ)、入庫検品と棚卸などに利用するハンディリーダー、防犯用ゲート。
初期費用は各1台ずつの最小構成で工事費込みの通常価格150万円かかるところを早期導入割引で120万円とし、また「BOOKTRAIL」の月額使用料についても同様の割引で基本料金と従量料金合わせて月2万円程度として普及を優先する意向。さらに国の助成金を活用することをサポートするほか、短期間に複数店舗で導入する場合の支援なども準備している。
また、出版社が当初採用したタグ付きのラベルを挟み込む「しおり型」は、返品改装時に抜け落ちるといったトラブルもあったが、その後、シール状にしたタグを表3に貼りこむ「シール型」を開発。小学館は今年1月新刊から「シール型」の採用を開始し、4月からはすべてのコミック新刊に装着する。
「シール型」はフィルムパックしない他ジャンルの書籍にも対応が容易で、カバーの折り返しで隠れるため、この方法なら上製・並製など造本にかかわらず広げやすい。

表3に貼り付けた「シール型」タグ
ショールームで運用の体験可能
同社では、まずコミックへのタグ装着を進め、「書店のコミック売り場のオペレーションはRFIDタグがベースになるようにしたい」と執行役員IoTソリューション事業部長・植松健氏。そして、装着率が上がれば「マーケティングへのデータ活用、出版社が個品ごとに販売条件を設定するなどのインセンティブ施策なども可能になります」と展望を話している。
東京・千代田区の同社オフィスには書店店頭を模したショールームを開設。書店関係者などが機器を使って実際のオペレーションを体験することが可能だ。
ショールームへのご来場は予約制。詳細や問合せはホームページから。
【パイロット書店での検証結果】
防犯タグの挿入・抜き取り不要に
【大垣書店】 従来の防犯タグはタグを挟み込みながらシュリンクし、販売時にはシュリンクを外してタグを抜き取っているが、RFIDタグが装着された商品の場合、出荷時からフィルムパックされている講談社の新刊コミックはそのまま売り場に陳列が可能。他の出版社のコミックもシュリンク時に防犯タグを挟み込む必要はない。また、販売履歴がある商品はゲートが発報しないため、販売時のシュリンク外しも不要になる。
従来型防犯タグは、ゲートが発報してから防犯カメラの画像を切り替えながら不正な持ち出しがないか動向を追跡する必要があり、盗難品の特定まで平均1~2時間かかる。しかも盗難品が特定できない場合もある。一方、RFIDタグ付き商品では、ゲートが発報した商品は「BOOKTRAIL」ですぐに日時も含めて確認できる。
販売分析では、特定商品について陳列時と閉店後にタグを読み取って販売動向を確認。コミックの新刊台・既刊棚から購入したお客様の90%前後がコミックコーナーのレジで購入し、10%ほどがメインレジで購入しているなどの傾向がわかった。
既刊本のタグ装着も進めてほしい
【アニメイト大宮店】 RFIDタグ装着により、防犯ゲートの発報時間や対象商品がわかるため、今まで気づかなかった盗難に気付くことが可能になった。調査も対象商品の陳列場所が映っている映像を1~2分程度見るだけで済むため、非常に効率的になった。
長編漫画(シリーズもの)で、すべての巻にタグが装着されていなくても、複数巻が盗難されると気付くことができる。数十冊が一度に盗難される事例では、一部商品にタグが装着されていたことにより不正な持ち出しが発生したことを特定できた。
これら効果を踏まえて、不正な持ち出しを行った人物をスタッフに共有し注意喚起を行っている。また、近隣の交番へ情報を提供し、特定した人物が来店した際に通報することを確認している。装着されていない書籍はどのタイトルが盗難されたのかわからないため、装着率が上がると改善される。
棚別販売分析では、今まで売上に寄与していると推測していた棚の販売がそれほど寄与していないことが判明したのは非常に参考になった。既刊本でも取り組みを実施できるよう、既刊についてもタグ装着を進めてほしい。
店員の心理的負担が軽減
【ブックファースト新宿店】 「BOOKTRAIL」システムと防犯ゲートの導入により、早期から顕著な盗難抑制効果が得られている。盗難情報と在庫状況の確認を定期的な業務とすることで、盗難防止効果が可視化され、結果として書店員の心理的負担が大きく軽減される。
店舗入口付近の新刊コミック棚で、タグを装着した書籍の盗難が発生していないことが確認されたことにより、新刊や売れ筋商品も一定量の陳列が可能になるなど、売り場レイアウトの工夫にも貢献している。
【RFIDパイロット導入で実感した効果と期待】
有隣堂 執行役員経営企画本部副本部長・永堀太朗氏
コミックのロス7分の1に
「BOOKTRAIL」のパイロット店となった「伊勢佐木町本店」地下1階コミック売場は、これまで防犯ゲートを入れてこなかったこともあり、前年はコミックのロス冊数が年間1087冊に上ったが、導入後の1年間は157冊と約7分の1に減少するという大きな成果があった。そのうちRFIDタグが入った商品の年間ロス冊数は5冊だけという驚異的な数字となった。
さらに、RFIDタグが入った商品は、入荷、販売、返品の各段階で読み取って履歴を残しているので、販売履歴がない商品が防犯ゲートを通過すると、警報が鳴るだけではなく、「いつ」「どの棚」「どの商品」が「何冊」取られたのかがわかるため、すぐにその場所にある防犯カメラの、その時点の映像を確認するだけで、原因や犯人を特定することができる。
また、なくなった商品と数を特定できるため、すぐに在庫データから落とすことも可能で、お客様に正確な在庫状況をお知らせできる。こうしたことは、これまでの防犯ゲートや防犯カメラだけでは不可能なことだった。
「伊勢佐木町本店」地下1階コミック売場は1フロアで、入り口も1カ所なので大きな実績を上げることができた。今後、他ジャンルに広がれば、他のフロアにも防犯ゲートを設置して、全体でさらにロスを減らすことが可能になる。
セルフレジでも問題なし
セルフレジを導入している「たまプラーザテラス店」では、セルフレジに人感センサーを設置し、カウンター下にはシート状の読み取り装置を取り付けて対応した。カウンターにはお客様向けに商品を置くよう表示をしたが、当初は手持ちのままスキャンするなど読み込み漏れもあり、未精算として防犯ゲートが作動してしまうこともあったが、読み取り装置の電波強度を強めることで解決した。いまでは有人レジとそん色のない読み取り率になっている。
また、RFIDタグは「しおり型」で装着されていたので、シュリンク出荷されていない出版社は、返品改装で外れてしまい、返品活用品にタグが未装着で入荷するケースもあった。しかし、これも「シール型」装着が始まったと聞いているので改善するだろう。
RFIDタグ装着率向上を期待
商用化導入に際しては、防犯ゲートが設置しやすい店舗であればロス率の低減による収益改善が見込めることから導入するメリットは大いにあると考えている。また今回厚生労働省の「業務改善助成金」を活用したが、助成金によって導入のハードルを下げることができたと感じた。
RFIDタグの装着率が上がれば、店頭での作業効率が良くなるのはもちろんのこと、棚卸を毎月行ったり、同じアイテムでも個品管理によって低正味の買切り仕入れを選択したり、ロケーションによる販売管理をするなど、さらに大きな効果が期待できる。
コミックは大手4社に続いて装着する出版社が出てきており、1年後にはすべての出版社が対応してくれるのではないかと期待しているが、そのほかのジャンルにもタグが早く普及することを願っている。
株式会社PubteX
〒101-0047東京都千代田区内神田1-14-8KANDA SQUARE GATE 2階
【問い合わせ先】https://www.pubtex.com/#contact
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