
慶応大学で学生たちに語りかけるハラリ氏(右)
世界的ベストセラー『サピエンス全史』(河出書房新社)の著者で、イスラエルの歴史学者・哲学者のユヴァル・ノア・ハラリ氏による書き下ろし最新刊『NEXUS 情報の人類史』(上・人間のネットワーク/下・AI革命)が3月5日、河出書房新社から刊行された。それを記念したシンポジウムが同16日、慶応大学三田キャンパス(東京・港区)で開かれ、伊藤公平慶応義塾長と対談した。同大・X(クロス)ディグニティセンターと河出書房新社の主催で、学生ら約200人が参加した。

『NEXUS 情報の人類史』四六判上製/(上)304㌻(下)328㌻/各巻2200円(税込)
「情報=真実」ではない
ハラリ氏の最新刊は、ホモ・サピエンスの歴史を「情報ネットワーク」の歴史として読み解きなおし、21世紀における民主主義の危機の原因や「AI革命」の真の射程を解説している。シンポでは、AIの劇的な発展、陰謀論や偽情報、米大統領選後の国際情勢などについて話題が及んだ。
ハラリ氏は、膨大な情報があふれる現在の状況の中で、「理解すべき重要な点は『情報=真実』ではないということ。世界中の情報の中で、真実はほんのごくわずかで、ほとんどの情報はゴミ。フィクションや空想、ウソ、プロパガンダが大半を占めている」と指摘。
その理由について、「真実にはリサーチや分析、ファクトチェックなど時間と労力、コストがかかる。一方、フィクションは安価で簡単にできる。また、真実は複雑なものだが、フィクションは単純化できる。人々は往々にして、複雑な真実よりもシンプルで分かりやすい情報を好む」と説明した。
さらに、「真実は時に不快で痛みも伴う。歴史や社会の不都合な真実に向き合いたくないことも多い。一方、フィクションはいくらでも心地よく、耳障りのいい情報にすることができる」として、「そのため、コストがかかり複雑で痛みを伴う真実と、安価で単純で魅力的なフィクションの競争では、後者が勝ってしまう。だから世界は膨大なフィクションであふれかえっている」と語った。
ハラリ氏はこのような危機的な状況の中で、大学や新聞の役割が重要になると訴えた。「かつては教育機関も新聞も、より多くの情報を提供することが役割だったが、今はそうではない。人々はすでに情報過多の状態にある。必要なのは膨大な情報の海の中から、希少な真実を見つけ出し、信頼できるものと、そうでないものを見分ける方法を教えることだ」と強調。
「私が歴史の授業で教えていることも、過去の事実そのものではない。過去の事実はネットで簡単に調べられるが、本当に学ぶべきことは、信頼できる資料と信頼できない資料の見分け方だ。ネット上で今日読んだ記事が、信頼に値するのかを判断する方法が必要になる」と、情報の記憶ではなく、情報の真偽を見極める「知的フィルター」を育てる重要性を語った。
最後に、集まった学生たちに対して「AIはポジティブな可能性も秘めているが、開発者はそればかりを強調する。だからこそ、哲学者や歴史家、批評家らが警鐘を鳴らす必要がある。重要なのはAIの開発を止めることではなく、安全な方法で開発すること。そして、そのカギとなるのが人間同士で『信頼』を築くことだ」と訴えた。
「私たちは他者や自分の外側にあるものを信頼できなければ、生きていけない。外界への信頼を失い、自分の口や鼻をふさいでしまえば、呼吸すらできない。今の世界には大きな問題が山積している。分断を望む人々も多くいるが、完全な分断とは死を意味する。皆さんにはぜひ、人生の基盤は『信頼』であることを忘れないでほしい」と呼びかけた。