57年ぶりに東京で開かれているオリンピックは連日のように日本選手がメダルを獲得し、それほど興味がなかった者でも思わず報道に見入ってしまう。一方で新型コロナウイルス感染症はかつてないほど広がり、多くの報道番組ではオリンピックよりコロナのニュースが大きく扱われている。
当方は前回東京オリンピック1週間前にこの世にやってきたばかりだったので全く記憶はないが、小さい頃は経済発展まっただ中、しかし当時のテレビでは光化学スモッグや工場廃水など公害のニュースと革マル、中核、連赤などによる騒動の映像が強く記憶に残っている。
さらに遡る1940年の東京オリンピックは戦争の影響で返上され〝幻〟として人々の記憶に残った。今回は世界的なパンデミックの記憶とともに残るのだろう。そういう意味では、パンデミックとオリンピックの報道の仕方は、後世の人々がこの時代をどのように記憶するのかに大きな影響を与える。さらにそこにネットの情報も加わる。
日々の報道は連日起こる事象に追われ混乱気味だが、出版は即時的に判断するのではなく、この事象を対象化し多角的な見方を提供することが役割だ。
「未曾有」であるからこそ、この時代の混乱をどのように昇華させ、定着させていくのかに興味がある。
【星野渉】