【行雲流水】文化通信2022年6月28日付

2022年6月28日

 某月某日

 

 通販大手、フェリシモの矢崎和彦社長が新築した社屋内に開業する「Sincro(シンクロ)」のお披露目会に。早めに行って同社の「チョコレートミュージアム」を覗く。世界中のチョコレートパッケージが1万2千個余り展示されている部屋が圧巻。寄贈ボックスも設置され、あまねく収集を続けている。

 

 食事会冒頭、矢崎社長から「ここはレストランではなく、日本が誇る総合芸術である『食』をテーマにさまざまな物語が繰り広げられる劇場。食文化をクリエイティブに進化させる触媒のような存在になりたい」と挨拶。〝柿落とし〞の舞台で主役を務める中東篤志さん、崎楓真さん、酒井研野さん、気鋭の若手シェフが繰り出す驚きと感動を呼ぶ皿の競演を楽しむ。次の「公演」が待ち遠しいことである。近年開発の進む、神戸の突堤エリアがアツくなってきた。

 

 某月某日

 

 『味の手帖』巻頭対談に同席。ゲストは伊藤忠商事・岡藤正弘会長で、今回は私のたっての希望で同社の友人に設営を頼んだ次第。

 

 高校時代に父親を亡くし、本人も重い肺炎に罹る。2年遅れで進んだ東京大学卒業後は、安定し給料の高い商社を志望。入社後、〝東大出の扱いにくい新人〞は繊維畑一筋に歩み、それまでの輸入生地の反物を売る〝目方の商売〞をブランドビジネスに転換。イヴ・サンローランを皮切りに数々のライセンス契約を締結し13年連続で社長から表彰される。余人をもって代えがたしと、転勤無しで副社長まで上り詰めるのは異例の出世。

 

 「まさかの社長就任が内定した折、3年前に他界した母が大粒の涙をこぼして喜んでくれた」と、万年4位から業界トップに躍進させた剛腕経営者が一瞬見せた孝行息子の顔にもらい泣きする。

 

 某月某日

 

 四谷三丁目「たまる」へ。20年来、冬場の「あんこう鍋」に惹かれて訪れているが、「あなご」の提灯がかかるシーズンは初めて。

 

 稚鮎南蛮漬と平目昆布締めに続いて、素焼きと甘みのあるタレで焼き上げた「すずめ焼き」には肝の山椒煮が添えられる。焼き手は女将。穴ざく、素揚げのあとは、穴子出汁の焼き茄子椀、締めは穴子飯に糠漬け…旨いなぁ。

 

 「梅雨穴子もいいけど9月の穴子も旨いよ」と、御年81の大将、御子柴暁己さん。3か月後に再訪しようと盛り上がると、「そんな先は生きてるかわかんないよ」と言うのは、いつもの常套句。

 

【文化通信社 社長 山口】