吉村昭『破船』(新潮文庫)が2022年本屋大賞『発掘部門』で、「超発掘本!」を受賞

2022年4月5日

株式会社新潮社
記録文学の第一人者・吉村昭が海からやってきた疫病の恐怖を描いた異色の長編小説『破船』。
本年度の本屋大賞『発掘部門』「超発掘本!」に選ばれました。


 吉村昭『破船』(新潮文庫)が2022年本屋大賞『発掘部門』で、「超発掘本!」に選ばれ、4月1日に発表されました。

 本屋大賞『発掘部門』「超発掘本!」は、「ジャンルを問わず、2020年11月30日以前に刊行された作品のなかで、時代を超えて残る本や、今読み返しても面白いと思う本をエントリー書店員が一人1冊選び、さらにその中から、これは!と共感した1冊を実行委員会が選出し『超発掘本!』として発表」されるものです。

吉村昭『破船』とは

 『破船』の舞台は、北の日本海に面した、戸数17戸の寒村。村の耕作地には乏しい作物しか育たず村人は常に飢えていた、主人公の9歳の少年・伊作は、年季奉公で不在の父にかわって一家を支えなければならない。彼は浜辺で働き、「塩焼き」に出る。この「塩焼き」とは、単に塩を作るだけではなく、もう一つの役割として、夜に塩を焼く明かりで船を引き寄せ、船を岩礁で難破させ、船の積荷を奪う手段になっていた。村の生活は潤うが、それは村ぐるみの犯罪でもあった。この船の到来を願う祭りごとが「お船様」である。

 今回は大量の米を積んだ船が「お船様」として破船し、船にいた4人の男女は殺され、伊作の家にも8俵の米が分配された。翌年、再び「お船様」が村に到来する。しかし今度の「お船様」には積荷はほとんどなく、中の者たちはすべて死に絶えていた。骸が着ていた揃いの赤い服を村民たちは分配する。しかし、しばらくすると、村人たち次々と病に倒れ死んでいくというおそろしい事態に。「お船様」に乗った人々は、天然痘に冒され、他村から追放された者たちだったのだ……。

 僻地の貧しい漁村に伝わる、サバイバルのための風習「お船様」。難破船が招いた、悪夢のような災厄を描いた、吉村作品の中でも異色の長編小説です。

(1980/7~1981/12雑誌連載、1982/2筑摩書房単行本刊、1985/3新潮文庫刊行)

推薦者の未来屋書店宇品店(広島県)の河野寛子様からは、次のような力強い推薦コメントをいただいています。

「衝撃的です。なぜこれまで映画化されてこなかったのか。いわゆるホラーとはまた違う、とてつもないイメージが描かれます。今では考えられない村社会ならではの暮らしぶりや集団の論理を、吉村昭は易しい文体で描いています。お船様が運んできたものとは、福の神か祟り神か……。海の向こうからやってきたウイルス禍の中、恐れの意味を理解できる今こそ、強く紹介したい一冊として取り上げました。」

執筆の背景

著者の吉村昭さんは、『吉村昭自選作品集 第七巻』の後記で、作品執筆の背景を次のように記しています。

「江戸初期の多くの古記録に、一、二行の気になる記述があり、それを強く意識しはじめたのは、かなり以前のことである。荒天の暗夜の海で難儀する船を、海岸に住む者たちが巧みに磯に誘って破船させ、積荷などを奪うことがひそかにおこなわれていた、と記されていたのである。

そのような記述が、主として日本海沿岸の各地に残された記録にしばしばみられ、私はこれを素材に小説に書くことを思い立った。

また、恐るべき疫病であった疱瘡(天然痘)にかかった者からの感染を防ぐため、それらの者を船に乗せて海に流したという記録も眼にして、その両者を結びつけることで、小説の構想は成った。

背景となるべき地について熟考した末、佐渡ヶ島をえらんだ。佐渡の習俗その他が豊かな内容をもっていることに、関心をいだいたからである。

歴史文学の範疇に入るのだろうが、古記録に散見する短い記述によって書き上げた虚構小説である。」

『三陸大津波』『関東大震災』など過去の大災害を綿密な取材で克明に描き、来るべき未来に警鐘を鳴らした吉村昭さんの、54歳、脂の乗り切った時期の作品。コロナ禍の今、ぜひ共みなさんにお読みいただきたい一冊です。

■著者紹介:吉村昭
1927-2006。東京日暮里生れ。学習院大学中退。1966(昭和41)年『星への旅』で太宰治賞を受賞。同年発表の『戦艦武蔵』で記録文学に新境地を拓き、同作品や『関東大震災』などにより、73年菊池寛賞を受賞。以来、現場、証言、史料を周到に取材し、綿密に構成した多彩な記録文学、歴史文学の長編作品を次々と発表した。主な作品に、吉川英治賞受賞作『ふぉん・しいほるとの娘』、毎日芸術賞受賞作『冷たい夏、暑い夏』、読売文学賞・芸術選奨文部大臣賞受賞の『破獄』、大佛次郎賞受賞作『天狗争乱』、江戸末期、種痘の普及に苦闘した町医者の生涯を描く『雪の花』などがある。

■書籍概要
【タイトル】破船
【著者名】吉村昭
【判型】文庫判(256ページ)
【定価】605円(税込)
【発売日】1985年3月27日
【ISBN】978-410-111718-8
【URL】https://www.shinchosha.co.jp/book/111718/
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